コロナ渦中の闘病日記 -Ⅷ,緊急入院①-

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コロナ渦中の闘病日記 -Ⅷ,緊急入院①-

「今すぐ入院しなかったらあなた死にますよ」 救急外来で実際に言われた、悪徳商法並みの脅しのような医師の一言である。その言葉の意味と命に関わる重大さを理解したのは入院してから約半月後であった。 何故緊急入院を言い渡されたのか? そこに至る経緯は「運が良かった」としか言いようがなく、私はどのように説明したら良いか分からず手探りで日記を書いている。 一命を取り留め、開胸手術を控えた今だから受け入れられる強烈なあの一言。しかも2回も言われた。 コロナ渦中の闘病日記を書き出したきっかけとなった出来事を振り返り、開胸手術に備えようと思う。 2021年3月1日。 流石に今日は医療センターに行かないと。 朝6時に起床し、体温計に手を伸ばした。 熱が36,1℃であることを確認し、パジャマから洋服に着替えた。 外に出るにはまだまだコートが必要で、足元も冷えた。念のため温かいムートンブーツを履き、タクシーに乗り込んだ。 タクシーが医療センターに8時40分に到着した。降りたとき何となく院内に入りずらかった。先日予約を変更したせいもあるかもしれない。きっとそうだ。 受付は9時からなので暫く外で待ってから院内に入った。 再来院用の自動受付機で受付を済ませ、検査項目が記載された受付の用紙を持った。 今日は血液検査と尿検査だ。血液検査の結果が出るには1時間弱かかるため、先に採血を済ませた。続いて尿検査を済ませ感染性内科の診察室前のソファーに座った。 どうせ結果が分からないとか、原因不明とか診断されるのだろう。自律神経の異常を疑った方がいいだろうか。ここで診てもらえばいいかな。 連日連夜の高熱が当たり前となり、正常な思考の余裕がなかったかもしれない。まともに起きている感じもなく、うつらうつらしながら呼ばれるのを待っていた。 今回は40分くらいで診察室に入れた。しかし、入った瞬間目に飛び込んできたのは頭を抱えている感染性の医師の姿だった。 「原因が分からないんですよ、原因が」 私が椅子に座るなり医師は困惑した表情を向けた。 「CRPという体内の炎症を示す数値が高いの に感染源が分からないんですよ」 私には今日は敬語を使うんだ、などと呑気に考える余裕などなかった。 驚きと戸惑いを抑えて冷静に話す医師から無言の焦りが伝わってきたからだ。 握りしめた私の両手は汗でびっしょりだ。 湿った手が気持ち悪く、少し吐き気がした。 「先日の検査で血尿があったので念のため腎 臓内科で診てもらいましょう。もしもし、 急患をお願いしたいのですが。ええ、目の 前にいます」 内線で腎臓内科の医師と連絡がとれると、私は看護師に連れられて腎臓内科に向かった。実は腎臓内科に向かうまで、昼近くまで診察を受けていたのだが、その間の記憶がスッポリ抜けているのだ。 私の身体に何が起きているのか? 感染性の疑いがないなら、何が高熱の原因なんだ? 頭の中は疑問だらけになった。頭を抱えた感染性内科の医師の姿が脳裏に張り付いて離れない。 全身の力が抜け、椅子からのろのろ立ち上がるのがやっとだ。同時に首の付け根から肩にかけて電流のような痛みが走った。冷や汗が背中を伝い、脇の下が汗でじっとり濡れていくのが分かった。次から次へとなんなの? まさか、まさかね。 大病じゃないよね。 ねぇ、誰か否定してよ。 不安に駆られて院内から逃げ出したくなった。隣で付き添ってくれた看護師がいなかったらその場から逃げていたかもしれない。 熱が徐々に上がってきた。 嫌だ、逃げたい、帰りたい。 誰か助けて。 腎臓内科の待合室に着いたときは、とうに12時を過ぎていた。食欲が全く沸かず不安だけが募っていった。 13時頃、漸く看護師に呼ばれた。 診察室にいた中年とおぼしき腎臓内科の医師は少々困惑しているようだ。パソコンに表示された私の今日の検査結果を穴が空くほど見ている。それもそのはずである。生理は既に終わっており、今回の血液検査では血尿がなかったのだから。 「腎臓に異常はなさそうです」 そう前置きしてから、腎臓内科の医師は先日撮った肺のレントゲンに目を向けた。 「心臓の左側に肥大化が見られます。念の 為、心臓のエコー検査を受けましょう」 「心臓ですか?」 「検査をして問題がなければそれに越した ことはありません。念の為です。熱の原 因が特定されるまで検査を続けましょう」 医師はすぐにどこかの部署に連絡をした。 「もしもし、救急外来ですか。循環器で急患 を1人診てもらえますか。感染性内科で 血尿が確認されて腎臓内科にいらしたのだ けと、腎臓に異常がなくて。代わりにレン トゲンから心臓の肥大を確認しました。エ コーね、はい。受けさせます」 心臓? 肥大? 39年生きていて、心臓に疾患があるなんて診断されたことは一度もないが? 身体が強ばり指先一本動かせないほど固まった。 患者を強制的に検査をさせて治療費をとるつもりですか?生意気な皮肉を言えるはずもなく、待合室に戻された。 「腎臓は正常です。ご安心下さい」 診察室を出る際に、腎臓内科の医師から再度告げれた。予期せぬ展開についていけず、医師にお辞儀をするのが精一杯だった。 10分ほどして体温計と血圧計、問診票が挟まったバインダーを持った看護師が現れた。 「緊急外来から熱と血圧を図るように言われ ました。ちょっと測らせて下さいね」 手際よく看護師は準備を始めた看護師だが体温計の熱が37.5℃でアラームがなると顔色を変えた。 「あら、お熱があがったのね。PCRを受け たことは?」 …またコロナの疑いがかかってる。 うんざりだ。いい加減にしてくれ。 「先日こちらの感染性内科の先生からコロナ ではないと言われました。他、2つの医療 機関でコロナの可能性は低いと言われてい ます。PCRは受けたくても受けられません でした」 「あら、そうなの?ちょっと待っててね。循 環器に確認してくるわ」 確認でも何でもしてくれ。帰って横になりたい。 時刻は14時を回っていた。 いつになったら解放されるのだろう。…疲れた。 心臓のエコー検査に呼ばれた頃には、私はぐったりしていた。先ほど検温と血圧を測ってくれた看護師に連れられて2Fに向かった。 感染性心内膜と診断されるまで後2時間。 人生で一番泣くまで後2時間。
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