プロローグ

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「・・とは言っても、このままじゃ本当に体売るしか無くなるかなあ。」  すっかり陽の落ちた大学近くの商店街を肩を落として歩きながら、悠里は自分にだけ聞こえる声でつぶやいた。  この世の中には男女の性別の他に第二の性(バース性)があると発見されてから久しいが、Ωに対する社会での差別的な扱いはバース性発見時からちっとも変わっていない。  数ヶ月置きに発情期を迎えフェロモンでα(アルファ)を誘い男女問わず妊娠することの出来るΩは、その性別特性から淫乱で性に奔放とのレッテルを貼られることが多い。また、発情や妊娠出産で学業や仕事に専念出来ないことも多く、進学や就職においても不利な立場に置かれる。  一方、Ωと対局の位置にいるαは優れた頭脳と恵まれた体躯、他者が平伏すような威圧感と魅力的な容姿も持っている。人口に占める割合では実はαもΩも少数派で、ノーマルな性β(ベータ)が大多数を占めるのだが、企業の経営者や有名大学出身者はかなりの割合をαが占めている。  まるで社会を牛耳るために神がその存在を作り出したようなα。そのαを惹きつけてやまず、時に判断力や理性をも奪うのがΩの発情フェロモンだ。  αを引き寄せ子を成すため、庇護欲をそそるような小柄で美しく儚げな容姿。Ω自身望んでいなくてもαを魅了し惑わせる発情フェロモン。  別にΩだって好きで発情している訳では無いのだがーーーΩを子を産む道具程度の認識しか持ってない大多数の無関係なβやフェロモンによって本人が望む望まずに関わらず興奮状態(ラット)に陥り理性を失うαとって、それはΩを軽蔑する十分な理由になる。 「うっかり頸噛まれちゃったら、困るしなあ。」  悠里の独り言はいつのまにか人影がまばらに減り夜の色が濃くなった街の空気にポツンと響く。  発情期(ヒート)のΩが性行為中にαに頸を噛まれるとつがい(つがい)と呼ばれる特殊な関係になり、まさに「死が二人を分かつまで」Ωは一生番のαに縛られる。  しかし発情期のΩはその生殖本能から性行為のことしか考えられなくなるし、αもラットにより理性を失ってしまう。そのため、昔からお互いの合意なく番になってしまう悲劇も少なくない。  悠里の通う大学はバース性の平等を重んじΩにも門戸を開いており、学生寮の入寮がΩにも認められている。ただし、あくまで優遇では無く平等のため、個室とはいえ同じ寮内にαもΩも混在する生活環境でヒート中は細心の注意を払って生活してきた。  それが、寮の設備の老朽化により大規模な改修工事が早急に必要とのことで、その間複数人で部屋を使用するよう、突然通達が出たのだ。  特待生優先の寮はそのほとんどの寮生を優秀なαが占めていて、Ωは極少数。αと同じ部屋で生活して、もし頸を噛まれてしまったら。           将来αに頼らずに自分一人で生きていくために大学に通っているのに、大学生活の中でαと番ってしまったらまさに本末転倒。そのリスクは回避したいのだが、そこにもバースの壁が立ちはだかる。
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