①白梅荘へようこそ・ウェルカムクリームティー

1/3
前へ
/34ページ
次へ

①白梅荘へようこそ・ウェルカムクリームティー

 大学の近くにある商店街の不動産屋は個人経営の店も全国展開のチェーン店も今日一日で全てまわったが、どこも先程の不動産屋と似たりよったりの対応だった。  地方の中核都市にあるこの商店街は古くは旧街道沿いの宿場町として、そして100年ほど前に近くに大学が創立されてからは学生街として発展してきた場所である。現在は学生街らしく学生御用達の居酒屋や定食屋が軒を連ねているが、昔ながらの和菓子店や八百屋も健在で、庶民の台所として日々賑わいを見せている。      商店街から一歩奥に入ると、学生向けアパートやファミリー層向けのマンションが目立つようになり、奥に入れば入るほど昔ながらの住民達が暮らしている古いながら上品な佇まいの住宅が増えてくる。  考えことをしながら歩いると、いつまのまにか商店街柄外れて今まで入ったことの無い小道に入り込んでいたようだ。    ふと顔を上げたその先。ああ、もしかして救いに神とはこういうことだろうか。 ー下宿 白梅荘・下宿生募集中ー  その建物の歴史を物語る古びた木製の表札を見た時に、神様の存在を少しだけ信じてみたいと思った。  その建物は2階建ての白い壁の洋館だった。どことなく和のテイストも感じられ、太正ロマンや昭和レトロなどと評されるような和洋折衷な佇まい。2階にもいくつか木の窓枠の窓が並び、ある程度の部屋数があることが見て取れる。  暗がりでよく見えないが、玄関先には小さいながらもこじんまりとした庭。2階には灯りがついていないが、観音開きの玄関ドアに嵌め込まれたガラス窓からは室内の柔らかい灯りが漏れているので、現在も人は住んでいると思われるのだが。  この立地ならおそらく大学の学生向けの下宿だろう。かなり古い建物だがまだ下宿をやっているのだろか。空き部屋はあるのか、何より、Ωの学生は受け入れてもらえるだろうか。  「あの、君お客さん?」  1人で考え込んでいたところを突然後ろから声をかけられて、悠里は小さく飛び上がった。  後ろに立っていたのは、悠里とそんなに歳の頃は変わらないぐらいの青年で、ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべている。その伸びやかな体躯や身にまとう自信に満ち溢れた雰囲気は間違いなくαのそれなのだが、人工的な香水の匂いのせいか、不思議とフェロモンを感じさせない。夜道の電灯の下でもはっきりと分かる明るい色のカーデガンを羽織った彼はおそらくこの下宿の住人。悠里のことをΩだと気付いているのかいないのか、柔和な笑顔を崩さないまま話しかけ続けてくる。    「もうケーキはもう無いかもしれないけれど、他はまだあると思うからさー。」  「え?ケーキ?そうじゃなくて…。」  「じゃあお目当てはスコーン?とりあえず入って入って。」  「住む前から夕飯をいただくのはちょっと…。」  ケーキにスコーンとは今夜の下宿の食事だろうか、夕食に菓子は流石にどうなんだろう。しかし、この目の前の彼のウェーブした毛足の長い茶髪や笑みを絶やさない大きな丸い瞳、初対面でも物おじしないフレンドリーさは何とかって名前の大型犬と似ているけれど何って名前の犬だっけ?と悠里が混乱した頭でぼんやりと考えているうちに、あれよあれよと大型犬青年に半ば強引に屋内に招き入れられてしまっていた。  廊下の床板は古いながらもよく手入れがされ黒光りしており、家具にしろほのかな灯りで室内を照らすレトロな電灯にしろ、この下宿の長い歴史を物語っている。きっと歴代の下宿生達の生活を静かに見守って来たのだろう。  手を引かれるままに慌てて靴を脱いでついていったその先は食堂と思わしき部屋だったのだが。 「ああ、おかえり。友達か?」  室内にかすかに洋酒のようなとろりと甘い薫りが漂っていた。        
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加