②御守りがわりのティーリーフビスケット

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 「ねーえ。探したんだよ、ゆりちゃん。何やってるの?」  今日も相変わらずビビッドカラーの洋服を身にまとった腕が、悠里の背後から体の前にまわる。首筋に当たるふわふわとした毛足の長い髪がくすぐったい。振り向いたその先にいたのは予想通りの人物だが、突然しかもこの距離感は、心臓に悪いから勘弁して欲しい。  「北斗さん!」  「寂しかったよーどこにいたの?」  「待ってったって…?」  約束どころか、広いキャンパスで出くわしたことは新学期が始めってから一度もないので困惑するが、北斗が意味ありげに頷くのでおしだまった。多分、今のやりとりを見て悠里を庇ってくれたのだ。そうと分かればありがたく話を合わせる。  「いえ、ちょっとこの人達と話していただけです。」  「へーえ、ゆりちゃんのお友達?こんにちは。」  「どうも…。」  「…ちわ。」  突然の第三者の登場、それもやや派手な登場の仕方に、流石に樹と壮太も困惑し毒気を抜かれたらしい。  「今日会えて嬉しいな。ゆりちゃん、友達のことぜんぜん教えてくれないからさー。こんなに仲良い友達がいるなんて妬けちゃうなー。」  「北斗さんが心配症過ぎるからですよ。嫉妬深い男は嫌われるって、知ってました?」  「だってゆりちゃん危なっかしいんだもん。今日だってこんなに薄着してさ、風邪引いたらどうするの?」  そう言ってピンクとブルーマーブル模様のパーカーを脱いで悠里の肩に羽織らせてくれる。我ながらなかなかの三文芝居だ。そして、北斗はなぜかノリノリだ。  目の前の2人はただただ呆気に取られている。  「まあ、いいよ。ゆりちゃんに良くしてくれてるんなら。でも…」  それまで、いつもと同じ人懐っこい(似ていると思った大型犬はゴールデンレトリバーだった)笑顔を浮かべていた北斗は、急にその表情をガラリと変えた。  眼光するどい表情だけでなく、相手を征服し、自分の支配下に置こうとするような威圧感がその全身からにじみ出る。  悠里のΩの本能が、その雰囲気の変化を敏感に感じ警鐘を鳴らしている。    「大事なゆりちゃんを、もし少しでも傷つけるようなことしたら。俺、何するか分かんないよ?」  力のある、人を統べる事が出来る、大人のα。いつもの人当たりの良い北斗からは想像出来ない、αとしての一面。それも、極上のαだ。  目の前の2人が威圧感に飲まれ固まっている間に、北斗は雰囲気は変えずに表情だけ笑顔に変えて「じゃあ、またね。ばいばーい。」と朗らかに悠里の手を引いた。「ざまあみろ」と胸のつかえは取れたが、真っ青な顔の2人がなんだ不憫やら申し訳ないやらで、手に持っていたビスケットの紙袋を「良ければどうぞ!」と無理矢理手渡してその場を離れたのだった。  「あはは!おかしかったねえ。おしっこちびりそうな顔してやんの。」  「北斗さん、ありがとうございます。あの、でも、ちょっとやりすぎかも。」  もう、雰囲気も笑顔もいつもの北斗にに戻っている。  「そう?だってゆりちゃんいじめてるんだもん。ちょっと懲らしめたくてさ。」  「ありがとうございます。助かりましたけど、ふみさんに申し訳なくて。」  郁人にその白い頸の噛み跡を見せられたのは白梅荘に住み始めた直後のこと。そして「俺噛んじゃったんだよね。」とあっけらかんと北斗が言った時の衝撃を悠里は忘れられない。    αがΩの頸を噛むことによって成立する契約は、一生ものだ。お互いに番相手のフェロモンしか感じることが出来なくなるし、しかも、Ωは番以外との相手との性交渉には激しい拒絶反応が出る。定期的に発情期と付き合わねばならないΩにとって、一生そのαに依存することになる。一方αは性交渉に関しては番以外とも持つことが可能である。  結婚と違い離婚出来ない一生物の契約を「だってふみさんしか考えられないから噛むのが早くても遅くても関係無いでしょ?」と言い切った時北斗の覚悟を秘めた笑顔も、郁人の照れ臭そうな笑顔も、悠里には眩しかった。  「確かにふみさんに悪かったかもしれないけど、でもゆりちゃんが大事なのは本当。泣きそうなゆりちゃん見て放っとけ無かった。」  「俺、泣いてませんよ?」  「でも泣きたい顔してた。」    そうか、泣きたかったんだ。今も今までも。何事も無かったようにやり過ごそうとしていても。    「もう大丈夫ですよ。」  これからはきっともう大丈夫だ。帰る場所も、大事だと言ってくれる人もいる。  悠里をティーリーフビスケットで勇気づけてくれる人も。   「…あ。全部あいつらに渡しちゃった。」  ちょっと惜しいことした。  「ねえ、この後講義あるの?俺もうサボっちゃおっかな。」  「俺、休講になりました。」  「じゃあ、俺も自主休講。どっか遊びに行かない?行きたいとこある?」  友人を積極的に作らなかったので、誰かと遊びに出かけたことはない。遊びに恋になんていう、いわゆる大学生らしい青春なんて悠里の生活とはほど遠い。  だけど、経験が無いからと言って興味が無い 訳では無くて。    「俺…あの商店街のカラオケ行ってみたいです。あっ、あと、大盛りの中華も!どっちも1人じゃ行くこと無くて。」  「ん、りょーかい。自転車?じゃ二人乗りしよ。」    今日はいつもとは一味違う1日になりそうだ。授業開始のベルも普段とは違う音に感じる。  いつもだったら残るはずの後味の悪さは、今日はない。
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