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キスマークの真相
俺は昼食を食べる前に山岸に引っ張られ、給湯室へと拉致られた。そして何故かイケメン同僚に壁ドンされるという謎の構図に陥っていたのだ。
「や、山岸?なに?何か怒ってる?」
「……怒ってるって言ったら?」
「えっと……り、理由は?」
「……はぁぁ」
え、すっげぇデカいため息。そんなに怒ってんの?俺のせい?
何がいけなかったんだろうか。おにぎりもらった事?いや、あれはコイツの好意だし……じゃあ、普段の俺の態度とか?素っ気なさ過ぎた?でもしょうがないじゃん。人、苦手なんだし。
どうすれば良いのか分からずに挙動不審になっていると、山岸からとある言葉を掛けられる。
「……なぁ、一昨日飲みに行った時の事、覚えてるか?」
「?……行ったのは覚えてるけど……ごめん。実は酒に酔って……話しの内容とか、ほぼ覚えてない……」
「……やっぱり。神代にしては何時も通り過ぎると思ってたんだよ。てか、覚えてないとか……」
先程よりも盛大な息を吐き、山岸はショックを受けたような表情を見せる。
あの日、俺達は一体どんな話しをしたんだ?飲みに行く前に相談があると言われたのは覚えてる。だが、その内容は全く記憶に無い。
俺は小声で「悪い」と謝ったが、それがダメだったらしい。山岸は俺を睨むと、もう一度教えてやるよ、と少し機嫌が悪そうに言ったのだ。
「……俺がお前に相談したのは、会社に気になる人が居るって事。しかも相手は同じ男で、俺を嫌ってるかもしれないって……そんな相談をしたんだよ」
「え……そうだっけ?」
あの山岸が、男を好き?俺達、そんな話ししてたのか?
「そうだよ。そしたらお前、俺に何て言ったと思う?『性別なんて関係無い。俺だって男が好きだし、その気持ちは分かる』って。しかも『山岸はイケメンだから絶対に上手くいく』って、そう応援までしてくれてんだ。……マジ、酒の席でこんな話しするんじゃなかったって後悔したよ。お前、覚えてないとか……。しかも鈍感過ぎる」
「へ?」
山岸は俺の顎を指先で持ち上げると、強制的に目を合わせられて、まさかの告白を受ける。
「あの時は言わなかったけど、今なら忘れないよな?……俺、真剣に神代の事が好きだから、付き合って欲しい」
「!」
何で?何で俺?冴えないし陰キャだし、会社の女子には陰口を叩かれるし。自分で言うのもなんだけど、俺を好きになったって何ひとつとして良い事なんて無い。
俺はキョドりながらも、それを彼に伝えようとしていた。
「お、俺のどこが良いんだよ?お前に好かれる要素なんてどこにも無いし……俺、男だし」
思った事をそのまま口にすれば、山岸はより眉間にシワを寄せては謎の力説をするのだ。
「性別は関係無いって言ったのは神代だろ?それに、お前にも良いとこは沢山ある。仕事早いし、頼まれても無い他の人のフォローとかやってあげてるし。……お前は優しいよ。周りを良く見てる。打算的じゃない神代のそんなとこが、俺は好きなんだけどな」
「そ、それは……っ」
だってそれは、他の人に足を引っ張られるのが嫌だから。誰かがミスをして残業になると、大半の同僚は適当な理由を付けて俺に仕事を押し付けるのだ。それが面倒だから、事前に回避しようとしているだけ。
俺は優しくなんかない。自分が楽をする為に動いていただけなんだ。
山岸の手を振り払い、俺は顔を背ける。それでもまだ彼の心は折れておらず、興奮気味に話しを続ける。
「……なのに、俺の知らないとこでこんなキスマーク……あ。もしかしてあの少年が?」
少年、とは、十中八九巴の事だろう。酔った俺を家まで連れて帰ってくれた時に、彼らはお互いに顔を合わせてるはずだ。そしてその事が、彼らの中の何かの引き金を引いてしまったらしい。
逃げようとする俺に、行く手を阻むかのように山岸は更に足ドンを加えては顔を近付かせて来る。
「なぁ神代、あの子、お前とどういう関係なんだ?人見知りのお前が他人と同居とか、想像もしてなかったから驚いてんだけど」
「……ど、どうって……親戚の子、預かってるだけだし」
「本当にそれだけ?何も無い?じゃあ、そのキスマークはどう説明するんだ?」
「こ、これは……」
そもそも、巴が俺にこんなマークを付けた理由それは、既に誰かにそれを付けられていたから。
俺は聞くのが怖かったが、何時まで経ってもそんな事じゃ何も解決しないのは現在進行系で身を持って知っている。だから、勇気を出して真実を知ろうと、俺も口を開いた。
「……て言うか、先に俺にキスマーク付けたの……お、お前じゃないのか?」
「!」
どんな返事が待ってるのか怖い。でも、知らないと言う事はもっと怖い。
うるさい自分の心臓を抑え込むようにそこに拳を当てれば、彼にはまるで、俺が身構えてるように見えたのだろう。
俺から距離を取るように一歩下がると、さっきの勢いは何処へやら、少し落ち着いた感じであの日の夜の真相を教えてくれる。
「……ごめん。確かに俺、酔ってる神代にキスマーク付けた」
「……っ」
「いっつも無愛想なお前が酒でニコニコしてんの見て、かわいくてたまんなかったんだ。だから介抱してる時に魔が差して、髪に隠れるとこならバレないかなって……。本当に、勝手にした事は悪かったと思ってる。ごめん」
でも、と山岸は続け、もう一度あの質問をして来る。
「俺が付けたキスマークは近くで見ないと分かんない程度だし、それより……首筋の後ろ、Yシャツの襟にちょうど隠れてるけど、上から覗いたら分かるくらい濃いキスマークが付いてるから」
濃い、と言うところで、俺はすぐに犯人が分かってしまった。
……巴かぁ。いつの間にそんなとこに付けたんだ?
鎖骨の辺りに付けられたのも、一晩経てば鬱血痕が濃く浮かび上がって来ていた。でも、こっちは服を着てしまえば人に見られる事も無いので、俺は安心しきっていたのだ。
俺が妙な表情で巴の事を考えているのが山岸にも伝わってしまったのだろう。彼は眉間にシワを寄せると、また俺の方へと詰め寄って来る。
「なぁ。神代は恋人が居るのか?それとも、その親戚の子とそういう関係だったりする?」
「な、無い無い!どっちも無いから!」
「じゃあ、そのキスマークは?」
「ゔ……」
ここまで来たら白状するしか無いのか。
俺は迷いながらも、嘘偽りのない言葉を吐き出していた。
「……お、お前がキスマークなんか付けるから……嫉妬して付けられたんだよ。何か、預かってる親戚の子さ、自分の父親を知らないから年上の男に憧れがあるって、俺に懐いてるんだよ」
「それでもさ、普通特別でも無い人にキスマークなんて付けないって。絶対おかしいだろ。その子、間違いなく神代の事狙ってるぞ」
「……巴が?無いよ。それは絶対に無い」
俺は山岸の憶測を否定すると、巴に言われた言葉を思い出していた。
「……あいつにとってこれは、友達の延長だって言ってたんだ。だからあり得ない」
「……それ、正気で言ってんのか?」
山岸は険しい顔で俺を睨むと、再び壁際に追い込んで来る。それからイケメンの顔面力を使っては、とある説得と提案をして来るのだ。
「神代、お前本当に鈍感過ぎる。放っておけない。……俺が神代を守るからさ、俺達、付き合おう。絶対に後悔はさせないから」
「な、何だよそれ……どういう理屈で……」
「お前に恋人が出来たってなれば、その親戚の子も尻尾を出すはずだ。最初は“仮”恋人でもいいから……俺にチャンスをくれないか?その間に、お前も色々と考えればいい」
そう告白を受けながら手を握られて、俺は目の回りそうな展開に、これが噂のモテ期か?と初めてポジティブに思考が働いたのだった。
……いや、これはラッキーよりもピンチだろ!どうすればいい?ああ、もう!俺だけの手には負えないから、誰かに相談したい!
俺は今すぐにでも山岸の手を振り払い、SNSのアカウントを開きたい気分だった。
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