匿名アカウント

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匿名アカウント

 自分がゲイであると自覚したのは、中学に上がってすぐだった。周りが好きな女子の話しで盛り上がる中、俺だけは密かに、女子ではなく同じ男子の事ばかりを考えていたから。それに、他の友達が女子とキスやセックスをシたいと言うけれど、俺はやっぱり、男子とそういう事をシたいと思っていた。  でも、この気持ちが他と違うと分かった時点で俺は皆と別物なんだと理解したし、学校を卒業するまでゲイである事はずっと黙っていようと決めていた。だから大学からは地元を離れて、都会に引っ越したのだ。ここでなら色んな人が居るし、もしかしたら、俺の運命の王子様にも出会えるんじゃないかと、そう思っていたから。  大学卒業後も俺は都会で働き、夢見る少女のように何時までも運命の王子様の登場を待っていた。けれどそんな存在が現れる事も無く、俺は気が付けば、10年という無駄な時間を過ごしていたのだ。  ……自分から恋人探しをしないのかって?だって俺、コミュ障だし。それに出会い系サイトは変な人が居そうで怖いし、俺自身、自分の容姿に自信が無いからこっちからグイグイ行けない。  だから俺は毎日、家から会社の往復しかしていなかった。  ……昔は会社帰りによくバーとか行ってみたけど、歳取ると出会いを探しに行くのも疲れるんだよねぇ。  そんな理由で年齢=恋人無し歴の称号を得てしまった俺に、この春、イケメンの同居人が出来る事となったのだ。  都会に出て来て10年。久しぶりに母親から電話が掛かって来たと思ったら、とんでもない事を言い出した。 『弘也(ひろや)、アンタまだ一人暮らしよな?4月から(ともえ)くんがそっちの高校に入学するけん、一緒に住んでやってくれんね』 「は?4月って、来月じゃん!いきなり過ぎだろ!」 『まぁねぇ。急やけど、都会の学校って勉強も難しいんやろ?まさか巴くんも受かると思ってなかったみたいやから、まだ言わんとこうと思ってたみたいなんよ。けど、無事に合格したけん、そっちの学校に行くんやと』 「そ、それならどっかにアパート借りたりさぁ」 『なんや、都会の部屋ってすぐ埋まるみたいでな?借りようにももうどこも空いとらんみたいで。……それに、巴くんもまだ高校生やからね。未成年の一人暮らしは真帆(まほ)さんも心配みたいなんよ。だけん、親戚のアンタが保護者してくれるんなら安心って喜んどったで?』 「……まだ良いなんて返事、してないんだけど?」 『何や、断る理由でもあるんか?それに真帆さんもなぁ』 「あー分かった分かった!別に良いよ!一緒に住むから!」 『本当?良かったぁ!そいじゃあさっそく、真帆さんと巴くんに知らせるな!』 「……で?いつこっちに来んの……って、切るの早っ」  怒涛の会話の後、母さんは一方的に電話を切ってしまった。よほど早めに知らせたいのだろう。母さんにとって真帆さんは、とても大切な存在らしいから。  母さんの弟のお嫁さんである真帆さんは、言わゆる未亡人というやつだ。母さんの弟は元々身体が弱かったらしく、病院暮らしが長かったらしい。そんな時、看護師でシングルマザーだった真帆さんと出会い、結婚したのだとか。でも、その数カ月後に弟の容態が急変し、亡くなってしまったのだ。それを母さんは申し訳無いと思っているらしく、よく彼女と、その息子の世話を焼いていた。  ……巴くんって、会ったのは確か叔父さんの葬式の時だけだったよな。あの時はまだ小さかったけど……そっか。もう高校生になるのか。それは母さんも張り切って俺を巻き込む訳だ。  高校生の保護者って、コミュ障の俺に務まるのかな。真帆さんの息子だから大丈夫だとは思うけど……ヤンキーとかじゃないよな?  自慢じゃないけど、俺はこっちに出て来てからも自分がゲイだとカミングアウト出来るような友達は出来ていない。だから、こういった事を相談出来る人がいないのだ。 「……誰か、俺の相談にのってくれないかな」  通話の切れたスマホをテーブルに伏せては、俺は誰もいない家で1人、大きなため息を吐いたのだった。  3月下旬。母さんに巴がいつ来るのかと電話をしてみたが、『詳しくはまた連絡するけん、今週中になるみたいよ』と、それだけしか情報は得られなかった。まぁ、俺が寝室として使ってる部屋を片付けて、そこを彼の部屋にすればいいのだけど……やっぱゲイの俺と住むには狭い部屋だよな。引っ越しシーズンが終わる頃に、新しい部屋を探すのもいいか。  元々、良い部屋があれば引っ越しをしたいと思っていたところだ。ゲームや漫画本も増えて手狭になって来ていたから、ちょうどいい。  会社の昼休み中、俺は自分のデスクでコンビニのおにぎりを食べながらパソコンで物件探しをしていた。と、どこからともなく女性社員達のお得意愚痴トークが耳に入って来ては、反射的に肩をすくめてしまう。  出来るだけ存在を薄くしとこう。でも、悪口とか言われてたら嫌だな。  それでも耳を澄ませてしまうのは、陰キャあるあるだろう。どうしても自分の評価が気になってしまうから、仕方がない。  気にしてないフリをしながらおにぎりを食べていると、ふと彼女達の話題は自分達の彼氏の悪口で盛り上がっていた。 「でさぁ!ゆっ君が私に内緒で裏アカ作ってたの!そこで他の女とやり取りしてたからさ、問い詰めた訳!そしたらしらばっくれて、俺じゃないとか言うからスマホ見てやったのよ!」 「マジ?そしたらどうだった?」 「やっぱり裏アカ作っての!でも、まだ誰とも会ってないから許してぇって泣きつかれてさぁ」 「ええー。それ、許すの?」 「考え中。と言うか、裏アカ作るんならバレないようにしろって話し。自分の写真載せるとかバカでしょ」 「確かに。裏アカは上手く使えばバレないもんね。でも、良いストレス発散になるから私も裏アカ作って彼氏の悪口書き込んでるよ」 「まぁね。私もこうやって彼氏の文句言ってるけど、彼の悪口書く為だけに裏アカ作ってるもん。知らない人が愚痴聞いてくれるから、使いやすいんだよねぇ」 「確かに!それでスッキリするからやめらんないよねぇ!」  ……女子って怖いな。自分の事棚上げで彼氏の悪口書き込むとか……。俺だったらトラウマもんだわ。恋愛対象が女子じゃなくて良かった。  それにしても、裏アカか。色んなSNSがあるみたいだけど、俺はどれもやってないもんなぁ。自分の日常を赤の他人に晒して何が楽しいんだか、友達の居ない俺には全然分かんないし。  でも、顔も名前も知らない相手に自分の愚痴を聞いてもらうのは良いと思う。それこそ匿名で書き込みをすれば、俺の抱えている悩み相談も叶うかもしれない。  ……ちょっとだけ、俺もやってみようかな。  調べれば、身バレしないやり方があるはずだ。それでアカウントを作って、匿名で今回の同棲話を誰かに相談してみれば何か解決するかもしれない。  俺は家に帰って、さっそくSNSのアカウントを作ろうと思ったのだった。  本名、神代(かみしろ)弘也。そこから取って、アカウント名は『カミヤ』。 「……すごい。たった1日でこのフォロワー数……夢じゃないよな?」  SNSのトップに載せたのは、自分がゲイである事。そして今度の春から、ノンケとルームシェアをする事になったと、少し話しを捩っては皆のアドバイスが欲しいと掲載していたのだ。すると知らないアカウントからの食い付きが予想以上に良くて、既に色んなアドバイスも送ってもらっていた。 「ふむふむ……なるほど……。皆、頭おかしいな」  ノンケでも襲ってしまえとか、押したら意外といけるんじゃないかとか。他人事だと思って皆適当に言っているだろ?でも、そんな中でも真面目に相談に乗ってくれようとしてくれる人も確かにいるのだ。 「まずは相手にどう思われたいのか教えて欲しい、か……。いや、一応親戚の子だしな……。どうと言われても、まだ何も分かってないと言うか、それが不安で誰かに相談したかったんだけど……」  まずは心構えと言うか、誰かに話しを聞いて欲しくて匿名投稿しただけだからな。詳しくはまた今度、っと。  この何気ない書き込みが、後に俺の人生を狂わせるなんて誰が思っていただろうか。それを身を持って知るまで、俺は匿名アカウントに同棲&恋愛相談の書き込みを続ける事となる。
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