伝説となった女

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伝説となった女

「陛下、お願いがございます」  春蘭は陛下の元へ参じ、願い出た。 「蘭貴妃。何が願いだ、申してみよ」  璃皇后を亡くして以降、皇帝の顔色はあまり良くなかった。それだけ璃皇后を大切に思っていたのだろう。 「陛下、畏れ多くもわたくしを次の皇后にという話もあるようですが、謹んで辞退させていただきとうございます」 「何ゆえだ? 徳妃は(ちん)のところへ来ては皇后になりたいと願っているのに」  徳妃は以前から皇后の座を欲していた。名門一族の自分こそ皇后にふさわしいと思っているようだ。 「陛下、わたくしにとって皇后は、璃皇后ただおひとりでございます。たとえ天に召されてもそれは変わりません。わたくしは今の立場のまま、陛下をお支えしたいと思っております」  春蘭は最後の賭けに出た。  今は貴妃とはいえ、身分の低い家の出身である春蘭が皇后となれば反発するものも当然多い。徳妃も黙っておらず、何かしらの企てをする可能性が高い。陰謀によって廃位となれば、春蘭は子どもたちを守ることができなくなってしまう。郷里の家族も巻き込まれる。  そこであえて皇后の座を望まず、あくまで璃皇后を敬うことにしたのだ。 「よくぞ申してくれた、春蘭。それでこそ朕の妃だ! よかろう、そなたの願い通り、皇后は璃皇后ただひとりとしよう」  春蘭は皇后への道を自ら閉ざすことで、敵対関係にあった徳妃をけん制したのである。これにより徳妃が皇后になることを熱望すれば、皇帝陛下の不興(ふきょう)を買うことになる。徳妃は自分の立場を守るため、口をつぐむしかない。  璃皇后を愛していた皇帝は春蘭の申し出を心から喜び、皇后ではなくとも後宮を束ねるのは春蘭しかいないと宣言した。 「皆の者、よく聞くがいい。控えめで心優しく賢い蘭貴妃は、全ての妃嬪の手本である。璃皇后に代わって後宮を束ねていくので、皆よく従うように!」  春蘭は蘭貴妃として皇帝をよく支え、徳妃らにも気を配り、全ての妃嬪をしっかりと束ねていった。第三皇子は皇太子となり、春蘭の立場はより強固なものとなる。  晩年の春蘭は女子の教育や地方への支援にも力をいれていき、女も自らの力で生きていけるよう尽力した。  蘭貴妃の生涯は、後の妃の憧れとなり、やがて伝説となった。  後世では春蘭は皇帝と皇后に愛された、最も幸運な女性と思われている。  その功績の裏で数多の涙を流し、努力を重ねていたことはあまり知られていない。 「どんな世になろうと、ひとりの人間として開花できるかどうかは、そなたたち次第。しかと学び、力強く生きていきなさい」  後宮の花としてあざやかに生きた女の、最後の言葉である──。                       了
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