妬まれる女

1/1
前へ
/8ページ
次へ

妬まれる女

「春蘭様、また御部屋の前に動物の亡骸(なきがら)が……」 「またなの? これで何度目かしら」  一夜にして妃のひとりとなった春蘭であったが、その未来は前途洋洋なものではなかった。  まず始まったのが、誰が犯人かもわからない数々の嫌がらせだった。  朝になると部屋の前に動物の死体が置かれていることは日常茶飯事で、その確認と片付けがお付きの宦官の朝一番の仕事となった。  食事は宮女だった頃よりずっと豊かになったが、異物が入っていることがよくあった。まぎれ混んでいた食器の破片で口の中を切ったり、食べたものでお腹を下してしまい、皇帝陛下のお召しに応えられないこともあった。  犯人探しをしようにも、相手が自分より上位の妃嬪(ひひん)であった場合は何もできないため、黙って耐えるのが得策だとお付きの侍女に教わった。 「陛下の寵愛を受け続ければ、いずれ位はあがっていきます。そうすれば誰も春蘭様に嫌がらせはできなくなります」  幸い、皇帝陛下は素朴な春蘭を気に入っているようで、度々彼女を寝所に呼んだ。それがさらなる妬みに繋がることもあるが、寵愛が増せば嫌がらせの数も変わる。陛下の愛だけが後宮の妃のすべてだと思い知らされる春蘭だった。    ◇ 「春蘭様、そろそろ皇后様に御挨拶に伺いましょう」 「ええ。急いで支度しましょう」  亮国の後宮には、百人以上の妃嬪(ひひん)がいた。皇后をはじめ、位の高い妃たちの多くは名門一族の出身であり、強力な後ろ盾と共に華々しく後宮入りした。  一族に力のない者や皇帝陛下に見初められ妃になった者は、妃としての身分は低いところから始まる。  幸運な娘と囁かれる春蘭であったが、妃としての位はまだ低かった。身分の序列は厳しく、上位の妃たちには礼を尽くさなくてはならない。  後ろ盾が一切ない春蘭にとって、後宮内に味方を増やすことが後宮で生きていく術だと侍女に教わった。春蘭が頼りにしているのは、後宮の頂点の存在である()皇后だ。  質素倹約を心がけ、穏やかで品の良い皇后は春蘭の憧れでもあった。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加