穏やかな女

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穏やかな女

「皇后様、才人春蘭が御挨拶申し上げます」   春蘭は腰を落として叩頭(こうとう)し、丁重に挨拶をした。  ()皇后は穏やかに微笑み、春蘭の訪問を歓迎してくれた。 「立ってちょうだい、春蘭。さぁ、今日もお話しましょう」 「はい、皇后様」  璃皇后は皇帝がまだ皇太子だった頃に嫁ぎ、以来陛下をずっと支えてている。夫が皇帝となってからは後宮を束ねる皇后として敬われ、皇帝からも大切にされている。穏やかで優しい女性であったが、皇后には実子となる子どもがいなかった。身籠ったことはあるのだが、流産してしまったという。その後子どもは授かってない。 「春蘭、うかない顔をしているわね。気に病むことでもある?」     毎日欠かさず挨拶に来ているためか、皇后は春蘭の変化に敏感だった。 「申し訳ございません。まだ慣れぬものですから……」 「嫌がらせは今でも続いているの? わたくしのところに毎日来るようになってからは、少し減ったのではなくて?」 「皇后様、ご存知だったのですか?」 「後宮内のことですもの。把握してるわ。わたくしが罰すると、かえって嫌がらせが増してしまうと思って、あえて黙っていたけれど」  皇后は春蘭が後宮でどんな扱いを受けているのか知っていた。後宮を束ねる者として他の妃嬪たちのことは常に気に留めている。  皇后の次に尊い身分である四夫人の淑妃、徳妃らはすでに皇子を産んでおり、皇后は実子がいないことから肩身の狭い思いをすることもあった。立太子を期待される第一皇子を産んだ徳妃は、高飛車になることも多く、皇后を見下したような発言をする。第一皇子の母だけに、皇后も周囲の者も何も言えなかった。  皇后は徳妃らに敵対せぬよう気を付けながら、話し相手という名目で春蘭を呼び、彼女をさりげなくかばっていたのである。 「皇后様、ありがとうございます」 「春蘭の顔色が冴えないのは、他に気に病むことがあるのね。ここだけの話として、わたくしに本当のことを教えて」  賢后と名高い皇后は、人の気持ちを察する(すべ)()けていた。人払いを命じると、春蘭の手をとり話すよう促した。 「皇后様、私は幸運な娘と言われております。けれど野山を走り回って育った田舎娘の私に、皇帝の妃なんて畏れ多いことでございます。(いや)しい娘は田舎に帰ったほうがいいかと……」 「故郷に会いたい人がいるのね?」  皇后の指摘に、ほんのり頬を赤らめることで答えててしまった春蘭であった。皇后は優しく微笑み、春蘭の手を軽く擦った。 「皇后様、なぜ女は何も選べぬのでしょう? 与えられた人生を生きることしかできません。宮女になったことも父からの命令でした……」    父親からの命令がなければ、春蘭はすぐにでも武松の妻になるつもりだったのだ。  春蘭の父は、娘の美貌と気立ての良さから、陛下の目に止まることを期待していたと後から知った。    目を伏せ涙ぐむ春蘭の肩に、皇后はそっと手でふれた。 「春蘭、よくお聞きなさい。わたくしたち女はね、置かれた場所でしか咲くしかないの。咲けない女は枯れ落ちるだけよ」 「皇后様、女は未来永劫、生きたい人生を選べぬということですか?」 「おもしろいことを言うわね、春蘭。遠い未来には私たち女も、自ら人生を選択して切り開いていけるのかもしれない。けれど人生を選べたとしても、どのように生きていくかはその人次第じゃなくて?」 「その人次第……」 「女は(あで)やかに咲いてこそ花よ。咲けない女はその存在すら認めてもらえず、朽ちていくだけ。枯れ落ちるのを待つだけの人生でいいの?」  穏やかに微笑む皇后だったが、その目の奥底には力強い光があった。  
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