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ささやく女
「春蘭、貴女にだけ教えるわ。皇帝陛下の皇后となるのは、わたくしの姉だったの。姉は未来の皇后として大切に育てられ、わたくしは自由に育った。けれど姉が急病で他界してしまって……。わたくしは姉の身代わりとして陛下に嫁ぐことになった。まさか自分が皇后になるだんて、昔は考えもしなかった……」
皇帝に大切にされている皇后ではあったが、彼女もまた過去を抱えていたのだ。
「わたくしも最初は困惑して泣いたものよ。皇太子の妻となり、いずれは皇后になるなんて無理だって。でも陛下のことを知るうちに、少しずつ気持ちも変わっていったの。春蘭、知っていて? 陛下の御兄弟の男児は十八人もいたのよ。けれど成人できたのは陛下を含め、たった三人。これが何を意味するか理解できて?」
春蘭はしばし考えた。病弱な子であったとしても、亮国の名医が集まる後宮なら、庶民よりずっと環境は恵まれているはずだ。にもかかわらず、多くの男児が成人になる前に亡くなったということは……。
「それは秘やかに……ということでございますか?」
春蘭は周囲に気をつけながら、皇后に耳打ちするように囁いた。皇后は何も言わず、黙って頷いた。
「仲良く遊んでいた兄弟たちがひとりひとり消えていき、後で『病で亡くなった』と教えられるのだと陛下は寂しそうに仰っていたわ……」
今や最高権力者である陛下でさえ哀しき過去があり、生き延びるためには皇帝になるしか道はなかったのだ。
「わたくしは陛下を支えると決めたの。でもわたくしは嫡子(正妻が産む子)を産めなかった……陛下の願いだったのに」
全てに恵まれた存在と思う皇帝も皇后も、自ら望んだ人生ではなかった。他の人生を選べぬなら、自ら道を切り開いていくしかない。道を見いだせなければ、朽ちていくのを待つのみだ。
(女として、いいえ、人間として花咲けるかどうかは私次第。泣いていても何も変わらないのだわ)
光明を見出した気がした春蘭は、その場に跪き頭を垂れる。
「皇后様、私が愚かでした。どうかお導きくださいませ。私はどう生き、何を成していくべきなのか」
皇后は満足そうに微笑み、春蘭に顔を上げるように命じた。
「やはり貴女は賢い。陛下の御目は高いわ。春蘭、いいこと? わたくしは全てを教えません。自ら学びとっていくのです。そして自分が何を成すべきか悟りなさい」
「はい……!」
この時より、春蘭の本当の戦いが始まった。
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