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「貴女のこれまでの努力と心苦しさは私が一番よく分かっています。──貴女は私の為に私以外のものを全て諦めたのですから。今度は私の番です。貴女の為に、貴女以外のものを全て諦めましょう」
「シャーリィ……!」
シャーロックが私の二の腕にかけていた手に力を籠めて、少しずつ引き寄せる。誓いの時から闇のような美しさだった面差しが、今は何かが違う。──そう、クローバー畑で見たシャーロックへと戻っていた。
「ローザ様……いいえ、ローザ、二人で生きてゆこう。必要な荷物をまとめて、今すぐこの屋敷を出てゆこう、二人で」
「……嬉しい……!」
やっと、手に入れた。この男を。私はシャーロックのものだ。シャーロックは私のものだ。
「ローザ……貴女が心にもない振る舞いで自分自身をも傷つける度に、私に闇が落ちた。同時に、私だけに見せる弱さと、相反する努力の姿にいじらしさを感じながら……いつしか私は貴女を愛おしく思うようになった。貴女を歪ませていたのは私の歪み。許してください。──愛しています、ローザ」
初めて、聞くことが出来た。この男から、愛の言葉を。もうそれだけでいい。私は満たされた。
「シャーリィ……私は貴方から愛を教わったわ……苦しさのなかで、たったひとつの灯火だった」
ただのローザとして微笑む。シャーロックの手が離れたかと思うと、力任せに抱き締められた。体がバラバラになりそうなほど強く、息が止まりそうなほど苦しく、そしてシャーロックの鼓動を感じるほど確かに。
「行こう……ローザ。覚悟はお互いに聞くまでもない」
「ええ……そうね、……ねえ、シャーリィ……あの四つ葉のクローバーは覚えている?」
「もちろん。押し花にして栞に」
「私もよ。──あのクローバーがあったから頑張れた。これからは二人で幸福を作りましょう?」
「あのクローバーから始まった私たちの過ち、でもこれからは過ちではなく堂々と」
ひたすら信じてきた道を突き進んだ。何もかも失った。けれど、シャーロックがいる。全てと引き換えに、この男が残った。
神様、私はたくさんの過ちをわざと犯しました。でも、もうひとりの人間として真っ直ぐに生きてゆきます。
──そうして、私たちは手荷物だけをまとめて夜更けに屋敷を出た。置き手紙さえなく、──私がしてきたことは最悪だ、言い訳など見苦しいし許されない──肩を寄せあいながら真夜中の旅路に出たのだった。
もう黒薔薇はいない。いるのは、一輪の、養分を十分に受けて育った薔薇の花のみだ。
それは、何色かは分からない。けれど、シャーロックの傍らで咲き続ける。
きっと、朗らかに。
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