黒薔薇令嬢は夢を見る

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「……お嬢様、おはようございます……」 気だるい朝に、熱い紅茶が運ばれてくる。メイドから無言で受け取り、一瞥して──。 「きゃっ……!」 私は、その紅茶をメイドに振り撒いた。 「この紅茶の水色はなに? 私にこんな腐ったような色の紅茶を飲めと? お前のようなお茶ひとつ満足に淹れられない下僕は不要よ、即刻私の目の前から消えなさい」 「も、申し訳ございません……」 「聞こえなかった? 私は消えろと言ったのよ。謝るくらいならばそこの窓を開けるついでに、そこから飛び降りて消えなさい」 メイドの顔色がみるみるうちに青ざめてゆく。目には涙があふれ、紅茶が染みたエプロンを両手で握りしめていた。 「──お嬢様、メイドにいとまを出すのは今週ですでに4人目でございます。この者には私から厳しく指導しておきますので、何とぞ──」 「シャーリィ、お前は執事の分際で私に意見をするつもり? 使えないメイドなど何人いてもゴミが増えるだけだわ。見苦しい、私は朝から不快な思いをしたの、執事としての仕事をするつもりならば、早くそのゴミを捨ててきなさい」 仲裁に入ろうとした執事のシャーロックに、私は殊更尖った声で命じる。本当に朝から気鬱で仕方ない。ゴミとまで言われて泣き出したメイドを見るのも嫌だ。 「出過ぎた真似をお詫び申し上げます、お嬢様。ただ今、すぐに私が紅茶を淹れ直させて頂きますのでお待ちくださいませ。──お前は私についてきなさい。」 「あ、あの、私……私は……」 「いいから、黙って従うんだ。言い訳より結果が、泣き言より成果がこの世の全てだと分からないか?」 「……っ」 シャーロックの言葉に、メイドは返す言葉を奪われてしまう。名前も覚えていないこのメイドは、金輪際私の目の前に現れることはないだろう。 いつからか私は、メイドひとりひとりの名前を覚えるのをやめた。どうせ解雇するものだ、名前など要らない情報は頭に入れるだけ無駄だ。 メイドが紅茶の香りを残して部屋から追い出される。私はシャーロックがメイドを連れて出てゆくのを胡乱な眼差しで見やってから、そっとベッドを降りて室内履きに足を入れ、窓際に立った。 十分な日差しが射し込む部屋は晴天のおかげで明るい。窓を開けると緑の香りが鼻腔と肺を満たし、私は深呼吸した。 そうすれば、少しは気持ちも晴れる気がした。 「……朝から、嫌な思いを……」 だが、その先は口に出来ない。 私は黒薔薇のローザだ。気に入らない従者は手当たり次第に解雇し、我が儘で傲慢な棘の女なのだ。 ──朝から、嫌な思いをさせてしまった。あのメイドには。 そんなこと、間違っても口にしてはいけない。 それよりも、シャーロックが戻ってきたら週末の茶会の誘いについて聞かされるだろう。それに対して、私は間違えない嫌味を言わなくては。
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