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シャーロックから必ず参加するよう言われた舞踏会は退屈なものだった。回遊する様々な色とりどりの魚たち。戯れる小鳥たち。そして、世辞を言っては大袈裟に振る舞う種馬ども。
「ローザ嬢は今宵もお美しく、まるで今宵の満ち足りた月のようです。手を伸ばせば届くように見えるというのに決して届かない、私の想いは儚いものだと思います」
「手が届かないとご存知ならばはじめから野太い声を聞かせないでくださるかしら? 耳障りだわ。格下のお家の三男ですもの、高望みせねばお家に飼い殺し、ぶら下がるしか生きられないのでしょうけれど、私は地べたの石ころに興味はないの」
相手の顔が怒りで歪む。このような醜いものを今夜だけでどれだけ見ただろうか。
辟易していると、主催者の公爵令嬢が歩み寄ってきた。確かルーチェといったか。派手に着飾り、デコルテを広く大胆に見せたドレスを身にまとっている。
「ローザさん、お越しくださって嬉しいわ。今宵は楽しめていて?
その真紅のドレスはよくお似合いね、この場でも一際目立つわ」
ちくりとした嫌味には、それ相応の返しが必要だ。私は豊かに笑んでワイングラスを弄びながら言い返した。
「ルーチェ様も並々ならぬ装いですこと。けれど、その質素なお顔に合った地味なドレスはいかがかしら? それに純白の美しいドレスが広がりすぎて、だいぶお太りに見えますわね。──差し色に赤はいかがかしら?」
言うなり、ワインを正面からドレスに振りかける。真っ白なドレスに赤が広がり、ルーチェは顔を真っ青にしたあと、みるみるうちに真っ赤にした。
「なんて失礼なのかしら! 私気分を害したわ、失礼!」
ルーチェが踵を返して足早に立ち去ろうとする。私はすかさずルーチェのドレスの裾を踏みつけた。
勢いよく歩を進めたルーチェの、繊細なシルクのドレスが裂ける音が響く。ワインを振りかけた辺りから、周りは私たちに注目していた。裂けたドレスは無惨にもルーチェを守らない。ルーチェは振り返り、我が身を見て悲鳴をあげた。
「あら失礼いたしましたわね、私引き留めようと一歩進んだだけでしたのよ? まあ、随分コルセットをきつく締めておられましたのね、お太りに見えたのはドレスのせいではなかったのね、ワインは不要でしたわ、ごめんあそばせ」
ルーチェは駆け寄ってきた従者たちに囲まれながら、抱えられるようにして大声で泣きながら舞踏会の場から去っていった。舞踏会はこれでお開きだろう。
私は悠然と歩き、出口に向かった。周りの目が冷たい。氷柱で串刺しにされるようだ。自分を叱咤しながらシャーロックの待つところまで歩く。シャーロックは馬車へと私を無言で導き、私もまた無言で馬車に乗って帰ることにした。
今回は流石にやり過ぎた。お父様の怒りは相当のものだろう。
しかし、それこそが狙いなのだ。お父様が私を許せなくなることこそが。
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