セイシノハナ

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 泥濘に足を取られ,完全に背中を着いて転ぶと,滑るようにして少し下がった柔らかい場所へ落ちた。驚いて声が出そうになったが,背中を着いた瞬間に呼吸ができなくなり,無言で歯を食いしばって身体の内側に走る痛みに耐えた。  自分がどこにいるのか確認しようと呼吸を整えてから起き上がったが,周りを見回してもどこで足を踏み外したのかもわからなかった。  なんとかして車に戻ろうと手探りで前に進んでいったが,目の前で白い小さな花が開くたびに吐き気を催し,膝をついた。  何度も同じことを繰り返していくうちに,全身がネバネバした液体に包まれていた。呼吸は浅くなり,考えることもできなくなっていた。 「どうなってんだよ……なんなんだよ……」  山の中で遭難して,白濁した粘りのある沼に落ち,植物の毒で思考がおかしくなっているのだろうと思いながら,もがくように前へと進んだ。  暴れるように両手を広げて沼の中を進むと,時おり枝のようなものに手が触れるような気がしたが,それがなにかまではわからなかった。  もがけばもがくほど自分の存在がわからなくなり,濃霧と沼の境目すらわからなくなっていった。  言葉が思いつかなくなり,自分が生きているのか死んでいるのかすらわからなくなっていった。目の前の小さな真っ白な花が開くたびに臭いが自分の身体を溶かしていくような感覚になり,なにを目的にもがいているのかさえわからなくなった。
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