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どれだけもがいていたのかわからないが,耳元で微かな囁き声がした。どこか懐かしく,それでいて畏敬の念を覚える囁き声は,必死にもがき苦しむ自分を救ってくれるような気がした。
『もう一度だけチャンスを与えよう……あの日,濃霧のなかで自動車事故で死んだお前のために……生か死か,それはお前に決めることはできないが……花の臭いに導かれるがままに……』
幻聴とは思えない微かに聴こえた囁き声は静かに濃霧の中に消え去っていった。もはや考えることさえできなくなっていたが,自分が生死の境目にいるのではないかと漠然と思いながらゆっくりと沼のなかを進んだ。
どれくらいこうして漂っているのかわからなかったが,突然全身が圧迫されたかと思うと,ゼリーのような半透明の液体に包まれたまま激しい激流に呑み込まれ真っ黒な闇へと堕ちていった。
「終わった……俺にはチャンスなんてなかったんだ……」
一気に明るい世界に放たれたかと思うと,すぐに白い布のようなものに包み込まれ,そのまま真っ暗な世界へと堕ちて行った。
真っ暗な世界には小さな白い花が咲き乱れ,潰されてボロボロになった肉体の残骸が異臭を発しながら辺り一面を汚らしく穢した。
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