セイシノハナ

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 真っ白に咲き乱れる綿のような小さな花があたり一面を埋め尽くすと,むせ返るような息苦しい濃密な臭いが全身にまとわりつき,口と鼻の奥に不快な苦みが拡がった。  気がつけば濃霧のなかで一人,耳の奥が痛く感じるほどの無音な世界を彷徨い,視界のすべてを埋め尽くす真っ白な花が発する臭いが全身の粘膜を刺激した。  見るものすべてが白く染まり,足元でさえ白く見え,異様な消毒液と生魚の混じったような臭いが全身を圧迫し喉の奥にまとわりついて息苦しくなった。その臭いはまるで重みがあるようで,ずっしりと口や鼻を覆ったが,手で触れようとしても実際には存在しなかった。 「気持ち悪りぃ……なんなんだよ,この異臭は……ベタベタしてるし……」  一歩,また一歩と歩みを進める度に足が泥濘(ぬかるみ)に埋まっていった。気を許せば滑って転倒しそうになり,何度も手をついて身体を支えなくてはならず,そのたびに不快な臭いの重みが増した。  いつの間にか沼地に入り込んでいたようで,歩くたびに足を取られ,何度も滑っては生温かさのある地面を蹴り上げ,粘り気のあるゼリーのような液体をあちこちに撒き散らした。 「まずい……このままじゃ沼にはまっちまう。来た道を引き返さないと……」  すでに方向感覚はなく,自分がどこから来て,どこへ向かっているのかもわからなかった。  全身にまとわりつく臭いが,穴という穴から身体の内部へと無理矢理侵入してくるようで不快だった。  臭いとともに目と喉に焼けるような痛みを感じ,口の中に異様な苦味がさらに拡がった。
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