四月一日の受難

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 昼休み。  教室にて俺と田所と相沢三人で昼食を食べる。  机を二つくっつけ正面に田所、向かいに俺、所謂お誕生日席に相沢と座る。  俺はコスパ高めの自家製野菜の炒め物弁当をつっつきながら二人に文句を言った。 「お前らの心ない冗談のせいで俺のガラスの(ハート)はひび割れたぞ」 「心ないって?」  田所がタコの形をしたウインナーを頭から咥えてこたえる。タコの足が口元で踊っていて気持ち悪い。 「樋川が俺のことを……その、好きってことだよ」 「ああ! 樋川さ、入学式の時から阿良川のこと気になってたんだよ」 「はあ?」  田所の奴、まだ言うか。  すると「あーあれね」と相沢が卵焼きを咀嚼しながら話題を継続する。 「ほら、あったろ、入学式の時お前がやらかした『桜の悪夢事件』」 「……あったけど、それが何だよ」  あれはもう思いだしたくない。  記念すべき高校入学式の朝。  初めて通う高校までの通学路でそれは起きた。  高校生活初日から寝坊した。  俺は急いで自転車に股がり全力でペダルをこぐ。  不幸中の幸いか渡る信号は全て青色。余裕で入学式に間に合う筈だった。  通学路で最後に渡る横断歩道、青色信号が点滅した時だった。  ギリギリで渡ってしまった俺は横断歩道を渡る際、小さな物体が落ちていたことに気付く。  あれは何だったのか? 気になって振り向くと、そこには小さな子猫が横断歩道の真ん中に座っていた。  子猫はもうすぐ車が渡るというのにちっとも動こうとしない。  信号が点滅から赤に変わる。猫は動かない。 「危ない! 車が……!」  子猫に気付かず勢い良く自動車が走ってきた。  俺は咄嗟に赤信号の中、横断歩道の真ん中まで自転車を最大加速させ、子猫を抱きかかえながら歩道先まで走った。  子猫は助かったものの、ブレーキをかけ忘れた俺はそのまま前の公園の桜の樹に顔面からダイブした。  ダイブした樹には毛虫が張り付いており、顔が悲惨なことになった状態で入学式に出席することになった。  この事件をクラスの奴らは『桜の悪夢事件』と称して今でも語り継がれている。 「あの時のお前の言い訳が面白くて樋川は興味を持ったらしいよ」 「『猫を助けて毛虫にやられました』だっけ」 「……絶対嘘だろ」  俺が二人を睨み付けていると、 「本当よ」  後ろから声がした。  振り返ると樋川真澄が立っていた。 「入学式の時から阿良川のこと気になってたのよ。なんて面白い人なんだろうって」  樋川が微笑んで俺に言う。 「私、阿良川のこと好きみたい」  これは夢か?  樋川が俺に告白だなんて。  妄想こそしたが現実にならないことなんて知っている。これは何かの冗談だ。 「……そうか」  俺は今日がなんの日か思いだす。  四月一日。  エイプリルフール。  そして、今日のクラスの盛り上がり。 『今日一番良い嘘をついた人が食堂の一年間無料券を貰える』  つまり、樋川の告白は偽物(フェイク)。  それを知った途端ガラガラと足場を失ったような不安定な感覚に陥る。悲しいのか怒れるのか、はたまた呆れか、いろんな感情が混じり合った、複雑な気持ち。  お前ら食堂無料券欲しすぎだろ。
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