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「……折角ですが、今回は不参加です」
インセキはそう言って、緋色のマント越しに深く皺の刻まれた顔をしかめた。
「なんと……ふ、『不参加』で、ご、ございますか」
オドオドと腰を屈めながら、モトミが上目遣いにインセキの背中へ問いかける。
「し、しかしながら2年に1度の『モノクロム名人位決定戦』は、その参加資格を得る事すら一門の誉にございましょう。何しろ参加資格を持つ5名全員が『位階8』の称号を持つ当代の達人……私のような『位階7』からすれば、この上ない名誉かと」
無論、インセキとてモトミの戸惑いが理解出来ないわけではない。
モトミは帝の側近にして『モノクロム名人位決定戦』の総元締めであるパイン公爵の、甥っ子に当たる。その関係でモトミが名人位決定戦の事務方を取り仕切っているから、資格保持者の『不参加』は彼と叔父の体面に関わるのだ。
「モトミ殿。そなたのお役目・お立場は私も重々に承知しております。しかしながらこのインセキ、初参加となった前回の大会でほとほと呆れ果てましてな」
『モノクロム』はこのエドゥ国で古来から愛好されているボードゲームだ。1対1で盤面に向かい、互いに黒と白のストーンと呼ばれる駒をマス目に置いていく。最終的に囲った陣地が広い方が勝ちとなる。
戦が無くなって平和な世が続く現代では、このモノクロムが『知略を鍛えてその優劣を競うもの』として認知されており、武家においては単なる嗜み以上の大きな意味を持っていた。
そして、その頂点とも言える『名人位』を獲得した者は、晴れて帝の指南役となる栄誉を得ることになる。もっとも、名人位を得るには総当たりの決定戦で『全勝もしくはこれに準ずる成績』が必要であり、ここ数十年は空位となっているが……。
「失礼ながら『呆れ果てる』とは?」
モトミが気を遣うように辺りを見渡す。
「……知っていて知らん顔をされるか。名人位決定戦の数日前になると参加者全員が一堂に会し、『帝の御前で塩試合は許されぬ』と称して予行演習が行われるではありませんか。……馬鹿馬鹿しい。なるほど名人位となるとその権力は絶大……全員で謀って『全勝者なし』となれば誰も損はいたしませぬな」
「し……っ! インセキ殿、お声が大きゅうございます!」
慌ててモトミが傍に寄る。
「ふん! 声が小さくとも事実は事実。それに今回は、あのジョーワが初参戦とか……私は彼が嫌いなのでね。では、これで失礼」
正面に向き直り仰々しく頭を下げて、マントを翻しながらインセキはその場を辞した。
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