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……ここまで伸し上がるのに、どれだけ掛かったと言うのか。
家宅に戻る馬車に揺られて外を見ながら、インセキは子供の頃を思い出していた。
現代は遥か昔の、戦国の世のように敵を倒した武勲で待遇が変わる時代ではない。主要な官職は旧臣達の子孫によって世襲され、その椅子が外様に回ってくる事はない。別に平和な世であれば、どの道大した事はないからそれで構いはせぬのだろうが……。
だが、自分のような下級士族の出身者は如何に優れた能力を持っていたとしても厚遇される事はない。一生が『冷や飯食い』だ。
……それを我慢しろというか。
そんな世界にあって唯一、何の後ろ盾とて無くとも伸し上がれるのが『モノクロム』なのだ。例え『たかがゲーム』であろうとも、それしか道がないのなら、それをするしかない。満足にパンも食えないような極貧から脱却し、羽毛のベッドで眠れる暮らしを手に入れる為に方法は選べなかった。
鍛えてきた。子供の頃から鍛え続けてきた。
定石を学び、感覚を鍛え、ライバルを研究し、着実に己の足元を固めてきたのだ。
大きな大会で少しつづ成果を出せるようになり、位階昇格の試験資格を得られるようになり、少しづつステップアップしてきた。
確かに、この世界は決して容易ではない。
自分と同じように眼をギラつかせた天才達がゴロゴロいる、修羅の坩堝だ。
先輩棋士の信じられないような強さを目の当たりにして、どれだけ心が折れそうになったか。自分のように少しでも『芽』がありそうな新人は、年齢に関係なく周囲から寄ってたかって潰しにかかられる。……壮絶な、まさに生き残りを賭けた戦だった。
そうして、何年……何十年……いつしか一定の地位を占めるようになり、弟子を育てる立場にもなった。時間も掛かったし、年齢的にも人生の終盤に近くはなったが『位階8』を得た時は感無量であったと思う。
これで、いよいよ次は空位の続く『名人位』だ……と。
それが何だ、あの茶番は!
確かに名人位となればモノクロムにおける全ての権限が帝の名のもとに自由となる。当人はともかく、それに従わされる側が簡単には受け入れられないのも確かだろう。互いの立場が対等な合議制の方が被害も少ないという理屈も理解は出来なくもない。
しかしそれを理由に八百長なぞ、あって溜まるものか! 全く、馬鹿馬鹿しい。
家宅に着いて書斎にこもって尚、インセキの怒りは収まらかった。
……それは、インセキが名人位決定戦不参加を表明して数日後の事である。
「インセキ様! お聞きになりましたか! 大変なことに……!」
自宅で棋譜の研究をしていたインセキのところへ、驚愕の知らせが届いた。
一番弟子のインテツが血相を変えて飛び込んで来る。
「どうした? 騒がしい」
「はい! 名人位が……決定戦の結果、ジョーワ殿が襲名することになったと!」
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