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――それから2ヶ月ほど経った、ある晩。
「……お呼びですか、インセキ様」
インセキの書斎に、弟子のインテツが姿を現した。
「うむ、よく来てくれた。こんな夜中に呼び立てて済まなかったな」
インテツが手招きで中へ入るよう促す。
チラチラと燃えるランプの薄明かりが、インテツの横顔を怪しく照らし出している。
「話というのは他でもない、あのジョーワだ」
忌々しそうに、インテツの頬が歪む。
「私としては何としても、あの偽りの簒奪者を名人位から引きずり落としたいのだが……」
もしもジョーワから名人位を強制的に剥奪出来る者がいるとするならば、それは『帝』しかいない。ならば帝に『この者に名人位の資格なし』と奏上するしかないが、そのためには説得材料が要る。つまり『敗戦』だ。それも出来るだけボロ負けが望ましい。
「しかし……名人位ともなれば、対局とて容易ではありませんな」
インテツの顔が曇る。
何しろ相手は『帝の指南役』。その他大勢の棋士なぞとは格が違うから、相手にすらなれない。下手をするともう二度と公式戦には出てこない可能性すらあるのだ。
「うむ、その通り。そこで……だ」
インセキが身を乗り出す。
「何しろ彼奴は名人位を襲名してまだ日が浅いから、今ならまだそこまでの『権威』はない。なので、そこを突く事にした。実は密かにパイン公と話を付けてな……」
前回の名人位決定戦に、インセキは出ていない。そのためパイン公爵に『自分は対局していないので、エキジビションの形でも手合わせをしたいのだが』と持ちかけたのだ。
しかしパイン公爵の答えは渋かった。何しろそれで万が一にもジョーワに負けが付けば、名人位に推挙した自身の身にも傷がつくからだ。
さりとて、実力者であるインセキの申し出を安易に袖にしてしまえば『逃げた』という噂とて立ちかねない。
困ったパイン公爵に、インセキはこう持ちかけた。
「されば、私の弟子と立ち会うのは如何でありましょうか? 一番弟子のインテツは『位階7』どころか『位階6』ではありますが、力のほどは確かでございます。それで実力のほどをお示しくだされば、私も納得できようかと」……と。
「お、お待ちください!」
インテツの顔が真っ青になる。
「それは流石に……ジョーワ様はそれでも『位階8』。位階はひとつ違えばその実力は2倍ほども違うと言います。すなわち、2階級の差は4倍にもなろうかと! とても私如きの手に負える相手では……」
「心配はいらん」
インセキがニヤリと笑う。
「実戦を熟していないヤツの実力なぞ、所詮は紛い物よ。お前なら勝てると、私は信じている」
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