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――そして、対局の日がやって来た。
「いやいや、これはようこそ! よく御出になられた」
パイン公爵が満面の笑みをたたえて客間に姿を現す。
老齢の身ではあるが、それでもまだ『美味い汁』から脱却するほど枯れてはいないようだ。『うるさ型』のインセキを黙らせる事が出来るのなら、エキジビションも仕方あるましと考えたのであろう。
それほどまでに2階級の差は埋め難く大きいのだから。
しかし……。
「いえいえ、お招きを頂きありがとうございます。こうして当代の名人位と直に対局する栄誉を頂戴出来るとは、我が弟子ながらインテツが羨ましいほどですなぁ」
心中に微塵ほどもない世辞を並べつつ、インセキがテーブルの上をチラリと見やる。この日のために用意された戦いの舞台だ。
やがて、少し遅れて因縁の相手が現れた。
短く刈られた頭髪に、端正な顔立ち。飄々とした空気がある。
「遅れまして……ジョーワであります」
肩から羽織る真新しい緋色のマントは『位階8』になってまだ日が浅い事を意味している。
……やはり若いな。
インセキはその澄ました顔に苛立ちを覚えた。
だが、世の中は決して甘くはないぞ? 今日はその身にモノクロムの怖さをたっぷりと教えてくれるわ。我が弟子インテツは位階以上に強いからな。せいぜい挫折に嘆き苦しむといい!
「では、早速ですが始めましょうか。この対局の立ち会いは私、パインとインセキ殿の2名で行いますゆえ」
パイン公爵の挨拶で、体面に座る2人が軽く礼をする。
いよいよ、運命の一戦が始まったのだ。
パチリ……。
先手を担ったインテツが静かに最初のストーンを盤面に置いた。
……頼むぞ、インテツ。お前なら出来る! いや、お前にしか出来ん!
祈るような想いで、盤を睨むインテツを見守る。
インテツよ、お前は位階こそ『位階6』だがその実力は時として私を負かすほどに成長している……充分に、私の代役を任せられると信じているからな。
パチリ……。
後手のジョーワがストーンを置いた。
初手から、ピリピリとした空気が漂っている。エキジビションとは言え、互いの名誉を賭けて戦うのだ。一手たりとも間違う事は許されまい。
パチリ……。
慎重に、インテツが2つ目のストーンを置く。
私は知っているぞ、インテツ。この対局が決まってからというもの、お前が寝る間も惜しんで研鑽を積んでいた事を。数少ない希少なジョーワの棋譜を入手し、丹念にその打ち筋を研究していたのを。
元々からにして才気溢れるお前がこの10年を修行した成果……絶対に負けなぞありえん!
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