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「いやいや、先輩も行きましょうよ」
「ぅえ?」
予想外の反応が返ってきて、つい間抜けな声を上げてしまう。慌てて口元をおさえ、体裁を整える。
だが時すでに遅く、彼女を見ると、僕の醜態がよほどおかしかったのか、顔面をテーブルに押し付けるような体勢になって、笑いをこらえるように震えていた。
動揺と、恥ずかしさと、怒りがないまぜになり、顔が一気に熱くなる。元凶である目の前の女に、文句の一つも言いたくなるというものだ。
「おい! 一体何のつもりで……っ」
「あはははっ! どんだけ驚いてんすか!」
「……そっちが変な事いうからだろ。誘う相手なんていくらでもいるんだから、そっちをあたってくれ」
やはりからかわれたのだろう。
声を抑えきれずに笑いだした彼女を見て察し、悪態をつく。
「ちょっと、客の入り具合見てくるわ」
何となく気まずくなり、席を立つ。
そろそろ休憩時間も終わりである。本格的な深夜帯に向けて、締めの作業の準備も始めなくてはならない。
夕方勤務の彼女は、このまま帰宅するはずだ。そうしたら、もう今日は顔を合わせることもない。そうして、次休憩室で会った時には、花見での出来事を嬉々として報告してくるのだろう。
それがいつもの日常だ。代わり映えのしない、僕の穏やかで退屈な。
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