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他人と関わることで、人間関係が変化することが怖かった。
関係を維持するために、努力をすることが怖かった。
努力を放棄することで、嫌われることが怖かった。
平穏を望み、変化を恐れ、怠惰を愛した。その結果がこのありさまだ。
こんな人間に、魅力があろうはずもない。だれも僕に興味など抱かないだろう。
それでよかった。いいはずだった。
それなのに、この桜の季節だけが僕を苦しめるのだ。
「……それじゃあ」
今はまだ、僕にはやるべき仕事があった。それだけが僕にとって救いだ。
袖を掴む彼女の力が抜けたことを確認すると、戸口に手をかけ、部屋を出る。背中越しに聞こえた、彼女らしくない小さな呟きに、僕は聞こえないふりをした。
「日にち、またメールしますから」
客の入店ブザーが鳴る。普段であれば煩わしいだけのはずの、僕を労働へと誘う音。
今だけは何も考えず、その忙しさに没頭してしまいたい気分だった。
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