smashing! しあわせとラブとうんめいと・下

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smashing! しあわせとラブとうんめいと・下

772c7e14-9928-4c86-ab0a-776b78d4cc3c 2849556a-d68f-47e7-83fe-71513396a61d 「RED」拠点目前の「BLACK」喜多村とマスター岸志田。周囲の林からそこに立つ大木を中心に、細いが頑丈な無数のロープがすり鉢状に張り巡らされている。 「滑走状態で撃ったことはないけど、的が大きいからいけると思う」 「それでカラビナ同士をこう使うのか…用意がいいなあ」 木々と拠点の中心を繋ぐそのロープ。この仕掛けのためにおそらく滑りのいいものを使ったのだろう、コーティングがされているタイプなのが幸いした。運良く重なった数本に、フックのように大きめのカラビナを付け、滑走しながら撃つわけだ。勿論、弾を食らうリスクは接近する程大きくなる。風向きと、距離との勝負。 「俺の後ろに隠れる感じで…こう後ろから…」 「わかった。あれ?これ…」 「喜多村くんこういうの好きでしょ?二丁拳銃」 岸志田が渡したのは予備のハンドガン。このあいだのゲームで喜多村が使っていたキャラは両手撃ちだった。彼は派手目な技を好む。そしてある程度ノーコンでも数撃てば十中八九標的に当てられる。 このまま自分が突入、喜多村はそのすぐ後を隠れるように続く。向こうの二人の目線は先頭の自分に集中するはず。ただ相手があの雲母ならば、当然裏をかいてくるだろう。 唯一の可能性を選択する。俺らが堂々と「負ける」ために。 裏の裏は表。雲母には、正面突破だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「ア~~~アア~~~~~~!!」 「俺はナイフだけでライオン倒せないぞゴラァ!」 いや今時。何のセンスも感じられないターザン的掛け声。なにその意味不明なやつ!雲母たちから少し離れた所で、「人質役」の伊達が大笑いしながら呑気に手を振っている。 雲母と佐久間はオモシロ掛け声にも動じることなく、声のする方向に静かに銃口を向けた、と思った次の瞬間、乾いた音を立て放たれた岸志田のBB弾が、佐久間の胴体にヒット。この距離で当てられるなんて。倒れるように離脱する佐久間。ロープを伝い滑走してくるマスター岸志田を狙い雲母が銃を構える。するとマスター岸志田の背後から急に二本の腕が伸びーーーー パンパン!パン!!!パン!パン! 「んなんでええええ!!」 緊張感を削ぐ伊達の悲鳴。喜多村の二丁拳銃から雨のように浴びせられる大量のBB弾を避けられず、雲母は引き金を引く事無く沈んだ。離れて見ていた伊達までなぜか被弾。 やった俺ら勝った!ようやく地上に降り立った「BLACK」の二人。喜ぶ喜多村に、岸志田は静かに首を横に振る。 「え?え?だって俺の弾ハルちゃんに当たって…」 「…残念だけど、流れ弾がほっぺたに」 雲母の頬には、BB弾が掠めたと思われる、一筋の「RED」ラインがうっすらと残っていた。「肩から上に当たったら×」ルールにより、撃ったリーダー喜多村はその場で脱落。すなわち「BLACK」の逆転負け。 「ンフ、計画通り。…矢面に立つのは賭けでしたけど、ね」 「ハルちゃ…なんか俺にもいっぱい当たったんだけどイタタ…」 喜多村チーム「BLACK」 喜多村×(反則負け) 雲母チーム「RED」 雲母復活からの○  ☆☆☆ 雲母チーム「RED」勝利 ☆☆☆ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※罠は回収、ロープゴミ類も全て片付け、虫たちも元の場所へ※ 夕刻。恒例の打ち上げ&合宿場となった伊達家。いつものように開けっ放しの家の中、風呂上がりにステテコや甚平にお色直しした総勢8名がひしめき合う。とはいっても広いので快適っちゃあ快適。 勝った「RED」チームには豪華賞品が贈られる(結局皆で一緒に食べちゃうからあんま意味はないけど)。注目のシークレットギフト「ナイショのなにか♡(?伊達寄贈)」その行方に集合した面々はさっきからざわめいている。 「ハイ、皆さんお静かに…あんね、俺から勝ったチームにあげたいんは」 「ダララララララ…………ダン!!!」 (ハルちゃん、それ口で言うんだ…) 「ウチに住んでもいい契約書!いちお、結城卓っていう宅地建物取引士のサインもあんのよ?ここと、離れもね。なんなら向かいの空き地に何か建ててもいいよ?」 「…伊達さん、雲母さん…」 「…こんで設楽にここに居てもらう理由ができた」 「俺がここに…」 「僕たちはこうやって、理由を探していたんです」 設楽は特に行き場に困っているわけではない。仕事もあるしお金もそれなりに持っている。親戚も多いし家族も健在。孤独とは真逆のそんな彼に「この先の自由」を差し出せと言うには重すぎる。かと言ってこのまま手放したくはなかった。伊達も雲母もこの訳ありの共同生活を、いつの間にか宝物のように愛してしまっていた。天涯孤独の雲母にとって、二人はもう離れがたい片割れなのだ。雲母の頬に涙が伝う。声もなく静かに。それ、俺の役目なんですよ泣くの?設楽は照れくさそうに笑うと、二人をそっと抱き寄せた。 ホントよかった。ね、ハルちゃ……アレレ?ハルちゃんの泣き顔ってそんなブ……いや、変顔だっけ?兎にも角にも抱き合ってひしめき合う三人。感無量顔の喜多村。この場合は正しいリアクション。 この「契約書」に関わったのは結局全員。雲母の「RED」チームの勝利を願っていたのも、恐らくは。 「惜しかったな、マスター大活躍だったのに」 「喜多村くんこそ。逆転負けしたけどね」 「…なんでハルちゃんを先に仕留めなかった?」 「…院長が一生懸命、作ってたから。あの書類」 岸志田が佐久間家を訪れ、喜多村と小越とシューティングゲームに興じたあの日。リビングの片隅で佐久間が唸りながら作っていた書類。伊達と雲母が今回の大仕掛けをするため、佐久間に書類の最終チェックを託していたのだ。もし喜多村の「BLACK」チームが勝っていたら、この「ナイショのなにか♡」はご破算、設楽には結城から他の優良物件を紹介してもらう手筈になっていたのだ。もちろん佐久間と喜多村は知っていた。でも誰にも言わなかった。わざと手を抜いて挑むなんていう無粋なこともしなかった。 今回の勝負はいわば、伊達らにとって大真面目に挑んだ「賭け」。 是か、非か。自分達にはこれ以上踏み込めない、あやふやで不確かで、そんな問題はいっそなにかに縋ったほうがいい。賽を投げて出た目を信じてしまえば、そこには「運命」が体よく出来上がってくれるから。そう、今回のように。 「…ん、じゃあ、俺寿司注文するわ。みんな何がいい?」 「千弦さん俺たちね、イクラとホタテ!」 「おし。伊達さんたちと俺らはウニ、と…えっとあとは…」 喜多村くん、俺シャコがいいんだけど。りょーかいマスター!喜多村は岸志田の小さな声も拾い上げ、目尻で笑って電話を掛けに玄関先へ。ところであの三人がスクラム組んだみたいに固まってるとこ、あれだ、毎回変わるダンジョンにいたイエティ達だわ「イエティ三人組」。あれは基本四人だったけど。そんなこと言ってるけどこの岸志田、この粋な計らいにすごく感動しちゃってんのは秘密。今テーブルの向かい側には佐久間がいて、手酌で呑んでた焼酎の瓶を、優しく笑いながら岸志田のビールのグラスに傾ける。 あまだ半分も残って…いいやもう。これは「カクテルザオニマル」俺に入れてくれたオリジナルのやつ。も全然いい。 「…大人になると、理由がいるんだよね」 一緒にいたい、っていうだけでも。優羽くんの隣で焼酎ちびちび舐めてた結城さんが、小さな声でぽつりと呟いた。重くて深いその言葉。もし俺が喜多村くんと院長と、一緒に暮らすなんてことになったらどうだろう、目の前の「イエティ三人組」(失礼)みたいに互いに思いやり持って暮らせるかな。そんで何かでモメたりで、二度と会えなくなったりするのは、嫌だな。 何より俺は、院長が心を痛めるのだけは御免だ。 ショーガイだとかジョーシキだとか、そんな下らないハードルとっくに飛び越えて、それどころかあの三人はハードルなぎ倒して進んでくスタンス、そんな道もあっていい。あるべきなんじゃないかな。俺はそう思う。 けっこう楽しかった今日。誘って貰えて良かった。今度はもっと俺の格好いい所見て貰おう。コーヒーと煙草と音楽と、あと今回みたいな得意分野のこともっと、院長に知って貰いたいから。 ウニ頼んだったからいいかげん離れろやイエティども!(あ、被った)戻ってきた喜多村が「イエティ三人組」を引き剥がしている。泣いてるのかと思ってた伊達たちはいつの間にか、それぞれがそれぞれの手を取って、嬉しそうに笑っている。 運命の相手はただ一人だなんてそんなの、知らない誰かの決め事にすぎなかったりするんだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 最後までお付き合い下さりありがとう! 三日間お疲れ様でした!
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