私の失くし『者』

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「平凡なのが、一番」    それが、母の口癖だった。  その言葉通り、特別裕福ではないけれど、穏やかな生活は、心地の良いものだった。  真面目だけど寡黙な父と、その三倍もおしゃべりで陽気な母、そして私、三人での生活は、平凡そのもので、どこにでもある光景で……幸せだった。 「平凡なのが一番」  気が付けば、それは私の口癖になっていた。 「夢がないなあ。もっと我儘言ったっていいのに」 「あら、平凡で普通で幸せな生活を過ごせることって、実はとっても大変で特別なことなのよ? そんな家庭を築ける人と出会えることだって、すごく特別なことなんだから」  当時の恋人にプロポーズされた時にも、そんな風に答えて、彼は半分あきれていたけれど。 「そうだね。約束するよ。君と、平凡すぎてお話にならないくらい、ありきたりで、当たり前の、穏やかな家庭を築くって。そして、子供が生まれて、育って、結婚して、孫が生まれて……最後に、ああ幸せな人生だったね、って振り返ることができるような夫婦になろう」  その言葉通り、彼はよき夫となり、やがてよき父となった……。  あの日が来るまでは。
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