3人が本棚に入れています
本棚に追加
妖狐の仕事
腕に走る激痛で、竜二は目を覚ました。
「いててて!」
釣り上げられた鯉がのたうち回るようにして竜二が飛び起きてみると、ハの字眉の狸が唸りながら腕に噛み付いている。
「勝山さん、起きたのでもうおやつの時間は終わりです」
6畳程の和室で、洋子は座布団に正座してテレビを見ながらそう言った。
勝山狸はふんっと鼻を鳴らして竜二から離れ、洋子の膝の上で丸くなる。
竜二は歯型のついた腕を摩りながら、洋子と勝山狸を睨みつけた。
「勝手に人をおやつ呼ばわりするなよ!」
「一応、確認は取りましたがお返事されなかったので腕をお借りしました」
「俺寝てたんでしょ!?その確認は無効だから!」
「100歩譲って謝罪してあげましょう。申し訳ございません。しかし、貴方はすでに私の管理下にありますので、今後、特段命の危険がないと判断した時には勝山さんのおやつになって頂く事をご了承ください」
「断る!」
「尚、貴方に拒否権はありません」
竜二は歯をギチギチ鳴らして拳を握り、踵を返した。
「俺は時計を売りにきたんだ。身売りなんてする気は無い!帰らせてもらう!」
「どこに帰るおつもりですか?」
痛い所を突かれて、障子にかけた手が止まった。
「どこだっていいだろ、そんなの!」
大声を出したのと同時に、腹の虫も鳴いた。
洋子はちゃぶ台の上に置かれている煎餅をすっと竜二の方に寄せながら心なしか不憫な人を見る目で。
「お好きなだけどうぞ」
と言った。
「いらん!」
竜二は耳まで真っ赤にして、へこんだ腹に手を当てながら乱暴に障子を開ける。
どうやら、勝山の店の奥の座敷にいたようだ。
強盗にでも入られたかと見間違われそうな散らかりようのカウンターを通り抜けて、出口のドアに手をかけようとした、その時だ。
「言い忘れていた事があるのですが」
洋子が座敷から声をかけてきた。
そんな事は気にも留めず、さっさと店を後にしようとした竜二だが、目の前の景色がぐるぐると絵の具を混ぜたような奇妙な目眩を覚えて足を止める。
ふらつきながら頭を抑える竜二の背中に、洋子はこともなげに。
「貴方は私の目を直視しましたね、あの時から、既に術にかかっているのです、私の元から逃亡しようとすれば、貴方の五感は失われ、廃人になるでしょう」
と、言った。
その言葉の指す先の未来を想像して、竜二は、ちきしょう!とカウンターを拳で殴る。
硝子の破片が、人肌を貫いて食い込んだ。
痛い。
その一言を押し殺して、竜二は座敷に戻り、どかっとあぐらをかいて座った。
「で、何をやりゃいいんだ」
目の前にある煎餅に視線がいきそうになるのを、意地でも洋子の顔に向けて尋ねる。
洋子は、勝山狸を膝に乗せたまま、側にあるビジネスバッグから資料を取り出し、竜二の前にすっと出した。
「まずは、此方の依頼から」
最初のコメントを投稿しよう!