文に乗せて

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 拝啓、伏見洋子様へ  積もる雪すら輝かしい今日この頃、如何お過ごしでしょうか。  私はあれから稲荷神社の巫女として穏やかな日常を送っています。貴女がいなければ、この平穏な毎日も、心の寄る方もなく鬱々と隠れるように暮らしていたかと思えば、感謝の気持ちでいっぱいです。  境内の掃除をしていると、ふと貴女と可愛らしい狸さんの事を思い出します。  寒さも一層厳しくなってまいりましたが、どうぞ、お体に気をつけて。今後もご活躍と繁栄を祈っております。敬具、園田美咲より。  白い鳩のイラストが四隅を飾る便箋を、竜二が読み上げた。 「待てよ、あんたと狸の事しか書いてねえじゃねえか!俺は?!」 「江ノ島さんはそれだけ印象が薄かったのでしょう」  かぽん、と獅子脅しが鳴る屋敷の一室で、洋子は座敷に正座して緑茶を飲みながら、さもない顔で言った。 「坊やの仕事なんざ、ただの運び屋じゃあないか、出しゃばるんじゃないよ」  座椅子の上で丸くなった勝山が皮肉を垂れる。  竜二は狸の首根っこを掴んで庭の池に放り投げてやりたい衝動を、すんでのところで堪えた。 「こんな贅沢な屋敷に住まわせて貰って、おまけに賛称まで貰おうなんて、意地汚いねえ、猿は」 「老いぼれ狸、それ以上言ったら、お前の背中に火をつけてからしを塗るぞ」 「猿は野蛮だねえ。あたしはここらでだんまりしておこうか」  ふんっ、と勝山が鼻を鳴らした。  洋子は、美咲の手紙と、あと二通来ていた方の手紙に目を通す。 「ちなみに、あのストーカーさんですが、随分幸せに暮しているみたいですよ」  ピンクの便箋に書かれた感謝の内容と共に添えられていたのは、逞しい腕をした方の美咲とあの男が仲睦まじく写っている写真だった。 「気になっちゃあいたんだが、あの男……いや、美咲はあれで良かったのか?」 「ええ、彼女からの依頼は、逞しい男を求められる現状を捨てて愛される女性になりたい、というものでしたから。ちょうど良かったのです」  すっ、と飲み終えた茶の器を机の端によけて、洋子はもう一通の方の手紙を読んだ。  そして、ビジネスバックからノートパソコンを取り出すと、目にも止まらぬ速さでキーボードを打ち始める。  竜二は、縁側からよっこいしょと立ち上がって、洋子の読み終えた手紙を見た。  それから、耳の穴に指を突っ込んでかきながら、眉を顰める。 「こいつぁ、難儀だな。どうするつもりなんだ」 「これと言って難しい事はありません」  洋子の顔は何時もとかわらず、無表情なままだ。  竜二は耳垢をふっと吹いて散らして、手紙を机に置き、煎餅を一つくすねては、縁側に戻る。  また、かぽん、と獅子脅しが鳴った。  池の中の鯉が水面にぱくぱくと口を開けて近づいて来る。  竜二は、食べかけの煎餅を少し折って砕き、池に放り込んだ。 「なあ、どうするつもりなのか、少しくらい教えてくれたっていいだろう?」  洋子は彼の問いには答えず、一心に書類を作り上げ、エンターキーを押した。  それから、すっと立ち上がって、時代錯誤もいいところと言わんばかりに古めかしい電話機の前に立って、ダイヤルを回す。  暫くすると、受話器の向こうから男の声が漏れ聞こえてきた。 「どうも、ご無沙汰しています。烏丸さん、今日はお仕事の話でお電話差し上げました」  竜二は聞くことを諦めて、池の鯉に残りの煎餅を砕いて与えてやる。  勝山が伸びをして、すたっと座椅子から降りた。  そして、机の上にひょいと乗ると、竜二が置いた手紙に目を通す。  突然のお手紙すみません。今、電話も出来ない状態なんです。  僕の住んでいるアパートの下の階の住人が怖い人で、事あるごとに因縁をつけてくるんです。  やれ、足音が煩いだの、椅子を引く音が煩いだの。  昨日玄関を開けたら、遂に家の中まで入ってこられて、大切にしているプラモデルに煙草の火を押し付けられました。  もう我慢できません。  管理会社さんに言っても、大家さんに言っても、そこの大家さんの知人の息子さんらしくて相手にしてもらえないんです。  このまま僕が引っ越しても良いんですが、プラモデルをダメにされて、毎日のように嫌がらせをされた恨みが晴れません。  このまま逃げたら負けたような気がするんです。  でも、喧嘩になんてなったら僕が痛い目を見る事は明らかです。  何とかしてもらえないでしょうか?
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