Episode 32

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Episode 32

「遊園地に連れてってくれるって約束破るのかよ!」 「今度連れて行ってやるから、明日は家で誕生日会やろうな」 「男と男の約束だって言ったのに……」 「父ちゃんなんて大っ嫌いだ!バーカ!!」 困ったように笑う父親にさらに傷つける言葉を浴びせる場面から一転、コンクリート壁に囲まれた部屋で金襴の祭壇の前に並ぶ、白いシートを掛けられた二台のストレッチャーの傍にいる場面に切り替わる。白衣を着た男が神妙な顔でシートを捲った瞬間…―――。 「…っ」 目を覚ませば、見覚えのあるようなないような天井が視界に飛び込んできた。低く唸る風が雨を巻き込んで窓を震わせる音に促されるように起き上がれば、桐原病院の病室だった。 夢の余韻が残る南斗は、近澤に謝らなければ両親の様に誰かに殺されるという感情に突き動かされるままに病室を飛び出す。 待合室まで真っ直ぐに伸びている板張りの廊下を走る。そして右に曲がり受付の前を駆け抜けようとしたところで、桐原に呼び止められて足止めを食らう。 「なんだよ」 「マサさんから今日は休みだって電話があったぞ」 「それだけ? 明日のこと何か言ってた?」 「明日は来なくていい。お前はしっかり連休休めってさ」 「マジかよ」 天候不良で現場作業が中止になった翌日は、日曜祝日であっても現場の状況確認と足場の点検のために出社する事になっている。南斗が確認するように聞き返せば、「あぁ」と桐原は頷いてから言う。 「せっかくの休みを半分損したな。もう昼だぞ」 「で、お前はそんなに急いでどこに行くんだ」 「帰んだよ」 「二つも警報が出てる最中に帰るって…お前はバカか?」 「そうだよ、バカで悪いかよ!」 「開き直ってどうする。風邪引いても診てやらないぞ」 「バカは風邪引かねぇっつうだろ」 悪戯っぽく笑うと、「サンキュな、メガネ」と南斗は玄関の方へと向かう。背中に飛んできた、「傘持っていけ」という桐原の声に振り返りもせず、玄関脇の傘立てから貸出し用の傘も持たずに病院を出る。 一瞬思っていたより激しい雨に怯んだものの、すぐに南斗はスウェットパーカーのフードを被り、漫画喫茶「Speed Ball」が入る雑居ビルの方角へと走り出す。 八階建ての雑居ビル屋上にあるペントハウスに続く非常階段を駆け上り戻った南斗は、荒いだ息もそのままに緊張しながら玄関ドアを開けた。 「…チカ?」 遠慮がちに呼びながら部屋に足を踏み入れれば、そこに近澤の姿はなかった。 「え」 吐息で零した瞬間、嫌な予感が胸に広がり南斗は部屋から飛び出す。 今度は非常階段を駆け下りて雑居ビルの正面に回る。息もつかずに狭い階段を上り、六階の漫画喫茶「Speed Ball」に向かう。 いつも開け放たれていたドアは施錠されており、日本語と英語で「勝手ながらしばらく休業します。店主」という文面の貼り紙が貼られていた。構わず乱暴にドアを叩きながら大声で近澤の名を呼んでみたが、室内に人がいる気配もない。 南斗は、息を整えもせずにまた階段を駆け下り、二階の「Bar×Fusil」へと向かう。 昼間はカフェとして営業している店の重厚なドアをノックもせずに開ける。飛び込むように店内に入れば、誰もおらず静まり返っていた。 「っはぁ…はぁ…ど、どこにいんだよ……」 途切れ途切れに呟いた次の瞬間、激しく咳き込み出す。早く息を吸い込もうとすれば、余計に咳がひどくなり肺を圧迫して嘔吐感が込み上げてきた。その場に崩れるように両膝を落として床に手を付いた瞬間、胃の内容物をぶちまけた。 「大丈夫ですか?」 頭上から降ってきたマスターの声に振り仰ごうとすれば、身体にバスタオルを掛けられた。 南斗はマスターに肩を支えられて立ち上がる。彼に誘導されるままにカウンターの椅子に腰掛けた。頭から被っているバスタオルで汚れた口元を拭けば、カウンターに入ったマスターに声を掛けられた。 「飲めそうですか?」 俯き加減だった顔を上げれば、カウンター内にいるマスターがグラスを手にしていた。頷いて濡れた髪をバスタオルで拭きながら、彼の手元を眺める。 タンブラーグラスにミネラルウォーターを注いで、白いタブレットを落とす。それを銀のマドラーで溶かし混ぜて炭酸を発生させたものを手渡された。ひとくち飲んでから口腔の不快感を払拭するかのように一気に飲み干して、グラスをカウンターに置いた。 「あのさ…チカ知らねぇ?」 「今日はまだ来られていませんが…」 「今日はってことは毎日来てんの」 「えぇ、毎日ではありませんが…南斗くんが仕事に行っている間は、地下の射撃場でトレーニングされているので」 「このビルにいねぇってことは……」 はっと思い当たったように南斗は椅子から立ち上がる。「床汚しちまって悪い。帰るわ」とバスタオルを手にしたまま背を向ければ、呼び止められて何かを投げ渡される。 「鍵?」 「屋上に出る塔屋の鍵です。外の非常階段を使わずにビルの階段から行けます」 「サンキュ」 これは洗って返すな、と南斗はバスタオルを持っている手を上げて言うと店を出た。 ビルの階段を二段飛ばしで八階まで駆け上がり、塔屋の扉まで真っ直ぐに続く廊下を走る。そして扉の前で足を止めると、マスターから渡された鍵を使って屋上へと出た。 まだ雨は小降りになることもなく降り続いていた。南斗は頭からバスタオルを被り、僅かな期待を持ってペントハウスに急ぐ。 しかし、それは玄関ドアを開けた瞬間に裏切られた。落胆の溜息を零したのも束の間。すぐにローテーブルに置いたままの自分の携帯電話を取り、指先で画面を操作して耳に当てる。このビル以外に近澤が行きそうな場所、祖父母が営む食堂にいるだろう陽一に電話を掛ければ、数回の呼び出し音を聞いた後に、「どした?」と彼の声が聞こえた。 「チカ来てる?」 「来てねぇけど」 「サンキュ」 一方的に切った電話をローテーブルに投げ置き、濡れた服のまま三人掛けソファに腰を下ろす。もう他に思い当たる場所もなければ、近澤の携帯番号も知らない。半年以上も一緒にいながら番号を聞かなかったことを、いまになって後悔する。 「……っ」 ソファの肘掛けに肘を付いている南斗は、自分に苛立ち舌打ちして手で目を覆う。 夢を引き摺ったままの南斗は、このまま近澤が帰ってこなければ、両親のように殺されると思い込みを強める。いままで喧嘩といえば、家族や付き合っていた女との口喧嘩か、興味もない相手との暴力による喧嘩だった。しかし、今回は過去のそれとは種類が違う。このまま別れられないと思った相手は初めてだ。 雨で濡れた身体が徐々に冷えていくと同時に、どうしようもない孤独感に苛まれる。心を侵食していく真っ暗な闇に飲み込まれ、周囲の雑音も聞こえない空間に放り込まれる。 「ミナト」 南斗を闇から引き戻したのは近澤の声だった。 はっとソファから立ち上がり、部屋に入ってきた近澤に駆け寄りその身体を抱きしめる。外の非常階段から帰ってきたのだろう近澤は、雨に濡れて呼吸も乱れていた。吐息混じりに、もう一度名前を呼ばれて顔を上げる。 「…ごめん」 「よかった。ここにいて……」 「チカ、ずっといてくれとは言わねぇから、ここに…日本にいる間だけ……」 続く言葉は下唇を軽く甘噛みされて消えた。 濡れた服を通して伝わる互いの体温に溢れ出す気持ちを抑えきれず、唇を少し開いて上下の唇を啄ばむようなキスをしながら、互いの服を肌蹴させ脱がし合う。そして、そのまま勢い余って縺れ合うようにソファの前に倒れ込んだ。 南斗は唇を重ねたまま、ソファに凭れて床に座る近澤の腰に跨る。もうどちらが主導権を握るなど頭にない。身悶えする心のままに近澤の濡れたシャツを剥ぐように手を滑らせば、硬く尖った乳首を指先で引っ掻かれて思わず唇を離す。しかしすぐに仕返しとばかりに上唇を軽く噛めば、口腔に舌を差し入れられる。 「…っ」 顔の角度を変えて吐息を逃がせば、温まり始めた素肌を撫ぜられて声を漏らす。その瞬間絡めていた舌を離せば、視線がぶつかった。見つめられて恥ずかしさで目を逸らすように、手を掛けている近澤の上半身に視線をやる。初めて見る左半身を覆うように腕から脇腹にかけて入れられているウルフのトライバルタトゥー。そして幾つもの裂傷の傷痕。 「他人に晒したのは初めてだ」 そう言って近澤は南斗の唇を舌先で舐めると、下唇の端から上唇へとなぞるように這わせてから口腔に舌を差し入れた。頬の内側の粘膜を舐めるように撫ぜてから、包み込むように舌を吸って舌裏も擽る。唇を甘く犯しながら、南斗のしなやかな筋肉質な身体に滑らせた手で乳首を指先で弄んでから、硬く反り勃っている男根に刺激を与える。血管を浮き上がらせて張りつめた竿の先、亀頭から蜜を滴らせる男根を握り、強弱を付けて扱く。 「はぁ…っん…あぁ…ッ」 唇を解放してやれば、吐息交じりの声が零れた。 蕩けるほどの愛撫で南斗の雨に濡れて冷え切っていた身体が火照りを帯びる。さらに敏感になった南斗の身体を丁寧に愛撫していた手が背中に回る。抱き寄せて僅かな距離を塞いだ近澤は耳元で囁く。 その言葉に頷いた南斗は近澤の身体を押し返して空間を作り、ジーンズの前を寛げている近澤の下着から勃起している男根を取り出す。そしてそのまま互いの男根を密着させて握り込むと、擦り合わせて扱き始めた。 「…ッあ…」 キスを求めて舌を差し出す南斗の舌先を舐めてやれば、もっと舐め返されて唇を重ねずに舌先だけのキスを繰り返しながら、互いの男根を握り合わせて摩擦している南斗の手の上に手を重ねる。二人分の力が加わり、擦る速度が徐々に激しさを増す。亀頭の先から溢れ出す蜜が混じり合い手を濡らしていく。 「っ…ん」 近澤は透明な蜜を指先に絡めるように掬い取ると、その手を南斗の尻に回してアナルへと滑り込ませる。顔を歪ませて男根を扱く手を止めた南斗をキスで融かしながら、ゆっくりとアナルの肉壁を解していく。 「あぁ…ッ」 近澤は何も言わずに南斗の背中に回している両手で、張りのある尻肉を左右に割る。アナルを露出すれば、腰に跨る南斗が少し腰を浮かせて自ら近澤の男根をアナルにあてがった瞬間、一気に腰を落とした。貫いた激痛に悲鳴を上げそうになり下唇を強く噛んで耐える。涙が滲み、視界がぼやける。 「…噛むな」 言葉と同時に視界が揺らぎ、繋がったまま後ろに倒される。床を背に仰向けにされると、近澤の両膝で内股を押さえつけられて、脚を大きく開かされる。頭の両横に手を付いて覆いかぶさっている近澤と目が合ったのも束の間。腰を打ちつけられて眉根を寄せる。 「っ…あっ…」 近澤は南斗の顔を見つめながら、感じるところを探るように浅い抽挿を繰り返す。初めて経験する突き上げられる度に全身が揺さぶられる感覚に、痛みすら鈍く感じてしまう。 「はぁ…ッん…ぁあ…」 もっと強く近澤を感じたくて、途切れ途切れの言葉で懇願した。 近澤はキスをしながら、求められるままに荒々しく腰を打ち付ける。抽挿を繰り返す度に、前より奥まで侵入させて、さらに南斗が感じる場所を暴いていく。 「っ…チカ…っはぁ…」 吐息交じりに仰ぎ見る近澤の顔は紅潮しており、汗が滲んでいた。その瞬間、言葉を交わさなくても気持ちは同じだと南斗は確信する。思わず笑みを零せば、微笑み返されて唇を奪われる。 「…っ」 舌を絡めたそのとき、一際大きく腰を打ち付けられて唇を離す。近澤の激しい腰使いで腹の底から射精感が込み上げてくる。快感が倍増していき、忙しなく喘ぐそして。 「チカ…ああ……!」 近澤の筋肉質な腕を掴んで達せば、続けて彼が荒い息で低く呻いたのが聞こえた。全身から力が抜けて、近澤の腕を掴んでいた手をだらりと落とす。浅く短い呼吸を繰り返すうちに、視界が徐々に暗くなってきた。完全に瞼を閉じる寸前で、近澤の本当の名前を教えられたような気がした。
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