龍の鬼

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龍の鬼

「……あなたを守れなかった」 鬼崎友哉は幼いときに資産家の両親を相次いで亡くし、親類の家に養子に出された。預けられた先も手広く事業を行っている資産家。後継者として育てられていたのだが、男子が生まれたことで鬼崎は家庭にも学校にも居場所を失う。十五歳で家を飛び出し、そのまま坂を転げ落ちるかのように裏の世界へ堕ちた。自らは使用せず繁華街の路地やクラブなどでドラッグを売り捌き生活費を稼いでいた鬼崎は、当時若頭だった藤澤輝宗に拾われる。 ―――坊主、ウチに来るか? 二年間の部屋住みを終え、藤澤の本妻の息子松下隆斗の世話役兼護衛を命じられた。責任ある大役を任された鬼崎は喜んで見せたものの、内心『ガキの子守かよ』と思っていた。すでに金の生まれる仕組みを学び、自分のシノギを持っていた鬼崎はその利益を元にシノギを増やし、上納金を増やし早く一本立ち、自分の組を持つことを考えていたからだ。しかし、親である藤澤の命令は絶対であり辞退することも出来ず、強い向上心を隠し従い、彼に連れられて十歳年下の松下に会うことになった。 「今日からこいつが、お前の世話係兼護衛だ」 「そんなもんいらねぇよ」 松下は本妻と別邸に住んでいた。藤澤か本妻のどちらかの配慮なのか、又は認知されていないのか判らなかったが本妻の姓を名乗っていた。事務所の先輩から聞いた昔武闘派だった藤澤を思わせるかのような、鋭い切れ長の目で威嚇するように睨んできた。 顔合わせの前に藤澤から、何処から情報が漏れたのか周囲の堅気や学校の子供から「ヤクザの息子」と陰口を叩かれその度に相手と揉め、知らずに近付いてきた者にも些細なことで暴力を振るう為に友人がいないと。そして本妻は何軒もクラブを経営しており忙しく、面倒は家政婦に任せきりだと聞かされた。一歩外へ出れば陰口を叩かれて疎まれ、まだ幼く甘えたい年頃にも関わらず、母親は不在がち。鬼崎は自分を睨みつけている松下が渇望しているなにかに気付いた。会う寸前まで抱いていた向上心は、ひとりからふたりへと変わり、幼い松下の目線に合わせるように床に片膝を付いて屈む。 「では俺を五分の兄弟にしていただけませんか?」 次期会長といわれている藤澤その実子に五分の盃をくれと恐れ多いことを言っていることは分かっていたが、言わずにはいられなかった。 「なんだよ、五分の兄弟って?」と松下は藤澤を見上げる。 「お前と血縁関係…対等の関係になるってことだ」 藤澤は続けて言う。 「簡単に言えば、友になり家族となって、お互いに命を預けられる関係になるってことだ」 「…友達」 もう一度、今度は呟くように復唱した松下は鬼崎の目の奥を覗き込むように凝視する。 鬼崎はこの目を見たことがある。自分だ。見返りを求めて近付こうとしている人間か否か見定めようとしている目だ。生まれた日から巨大組織のナンバー2の息子。これまで損得勘定、見返りを求めて近付いてくる人間ばかりだったのだろう。鬼崎はこれまでの人間とは違う、なんの利害関係も求めていないという視線を返す。 暫し、無言で互いの心を覗き込むように視線を合わせる。 フン!と松下は鼻で笑い、胸の前で腕を組んで言う。 「まずは舎弟にしてやる」 松下は胸の前で腕を組んだまま、口角を釣り上げて悪戯っぽい笑みを含む。 「お前、名前は?」 「鬼崎友哉と申します」 次の瞬間、「鬼崎」と強い力で手を掴まれる。「一緒にゲームやろうぜぇ」少し照れくさそうに言った松下に手を引っ張られて立ち上がる。 「鬼崎、頼んだぞ」 鬼崎は藤澤を振り返り力強く頷き、手を引く松下に促されるままに彼の部屋へと向かう。 その日から鬼崎は世話役兼護衛になり、数年後には松下が唯一信頼している側近になる。五分の盃を交わすことはなかったが、松下がこの世を去ったいまでも忠誠心は変わらない。 FIN スピンオフ/鬼崎友哉(16話登場)
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