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三章
唐突だけど、これは僕の兄の話だ。
兄は少し前に、物語の主人公になった。
見慣れないタキシードに身を包んで、綺麗なウェディングドレスを着た僕も何度か顔を合わせたことのある女性と永遠の愛を誓って、親族と神父と神の前で口づけを交わした。
僕にとっての物語の主人公とは、そういう人たちのことだった。
僕もなりたかった。でも、なれそうにない。
このくだらない能力を持ってしまったが故に、僕は物語の主人公になり損ねた。
だってそうだろう。相手の嘘が分かってしまう僕が他人と分かり合えるなんてことはないのだから。
× × ×
「ねぇねぇ、今日クラスの女の子たちが話してる内容聞いちゃったんだけどさ……吉田君ってあたしのこと好きなの?」
下着を付けていないという衝撃のカミングアウトをされた帰り道からちょうど一週間経ったある日の放課後、彼女は下駄箱へと向かう僕にそう話しかけてきた。
「ないね。何の探りもなくストレートに聞いてくるなんて、今日も君は君らしいね」
「あっはっは! そうだよね、まだ初めて話して一週間とかだもんね。でもあたしの魅力ならワンチャンあるかと思ったんだけどなぁ」
恥ずかしげもなく言う彼女。これがまだ冗談ならいいのだけど、彼女の場合は本心だから困る。僕が見ている彼女の色は、白だからだ。
僕と彼女には意外と共通点が多く、こんな風に軽口を叩ける程度の仲にはなっていた。
「でもくだらない会話を気にするなんてのは君らしくない」
あっはっは! といつものように何がそんなに誇らしいのか? と聞きたくなるような笑いが返ってくるかと思っていたけど、そうではなかった。返ってきたのは妙な沈黙と確信を突かれたかのような彼女の表情だった。
変な空気が流れた。
それに先に耐えかねた僕が冗談で誤魔化そうと試みる。彼女を笑わせればこの空気さえ壊してくれるような気がしたからだ。
「逆に君が僕を好きなんじゃないの?」
「…………ないかな。うん。ないね。ごめんね。あははは……」
「あぁ、そう」
なんだか状況が悪化したような気もするけど、彼女は相も変わらずに白のまま。つまり彼女は僕のことは本当に好きじゃないということだ。
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