第1章「鼓動」

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第1章「鼓動」

   20✕✕年東京都内某所。宇宙鉱物研究にたずさわるビルの3階。先日関東地方で発見された隕石を、一人の男が研究していた。    須藤一将(かずまさ)。この道40年のベテラン天文学者である。  最近関東エリアでの火球の目撃が多く、須藤は密かに隕石が発見されないか期待していた。  日本での隕石発見はわずかに50数件しかない。ひとつの発見事態が奇跡だ。  それが一昨日、小学生達が道端で偶然発見したものが、この研究所に届けられた。    須藤は最初見た時点で、科学者としてすぐに隕石とわかった。学生上がりの若者が手に持ってきたその石を、ふんだくるようにして受け取り、嬉々として成分を調査した。  隕石だということが確実になると、彼はその日夜中まで調べた。  内部をスキャンすると、中には何個かの小さな空洞があり、その空洞の中に極最小の何かがあるようだ。    須藤は他の学者に相談しようと思ったが、最初の第一発見者としての名誉欲に打ち勝つ事は困難であった。  隕石が手に届けられた2日後の夕刻。彼は単独で隕石の空洞部分が露出するように、ダイアモンドカッターのついた機械で割った。    その空洞の中にある、砂のような欠片をルーペに移し顕微鏡で覗いた。  そこには、赤くうごめく小さな微生物がいた。須藤は歓喜の声を上げた。興奮のあまり耳まで真っ赤にし、手も震えた。  24歳から学者として生きてきた。元来無口で体力もなく、体も細く、いつも青ざめて女の子にも相手にされず、お見合いでなんとか結婚できたが、妻や子供には煙たがられていた。    見返せるぞ、家族や世の中を。いつも俺を軽く見やがって。学生上がりの若い学者も、無愛想な俺を、影でバカにしてるのは知っていたんだ。これの結果を論文で書き上げて、早速発表してやる。俺は世界初の生きた宇宙生物を発見した男なのだ!    須藤は心の中で大騒ぎし、震える手でルーペに乗った微生物がいる欠片を、研究用のシャーレに移そうとした。  だが、興奮で大きく手が震えていたため、ルーペから外れて、自分の左指にかけてしまった。  慌てて左指の欠片をシャーレに移したが、もはや先ほどの微生物がちゃんとシャーレに移せたかはわからなかった。生物は左指の上にいるかもしれない。    須藤は落胆したが、他の穴にもいるかもしれない。そう思い隕石の穴を何個か調べた。すると、他の穴にも微生物が存在しており、安心した須藤は、それをしっかりとシャーレに保管し棚に入れた。    作業中、ほんのわずかだが左指に小さな痛みが走った気がした。    須藤は、まさか?と思ったが、気にしないようにした。普通の学者ならば、左指に欠片をかけてしまった時に即座に対応するが、興奮し過ぎている須藤はそれを怠った。  須藤は遅れてそれに気づき、わずかに青ざめたが、すぐに手を念入りに洗い消毒した。だが、10分もすると、なぜか須藤の鼓動は早まり出してきた。    大丈夫、大丈夫。なんてこたないさ。宇宙微生物が指から入るわけがない。指に傷なんて無かったし。手も念入りに洗ったし、消毒もした。俺もバカだなぁ。ちょっと興奮し過ぎたから、鼓動ぐらい、早くなるさ。    須藤は自分にそう言い聞かせた。    続きは明日早く来てすぐに研究を続けよう。誰かにこの結果を知られて横取りされたら困る。誰にも言わず、今日の所は興奮し過ぎて疲れきってしまったので家に帰ろう。  妻や子供にだけは、今日の事を伝えよう。きっと驚いて俺の事をもてはやすぞ。なんせ、世界初の生きた宇宙生物を発見した男だからな。    そう思い、須藤はニヤニヤしながら帰宅準備を整えていた。鼓動は早く、今までに無いほど異常に興奮をしていたが、それはこの大発見のせいだ。と思い須藤は足早に帰路についた。    乗り換えが必要な為、途中池袋で降りるのだが、着く手前あたりから体が明らかにおかしい。  手足も震え、肌が黄色く変化してくる。息も荒く、鼓動は早くて大きいままだ。モノが三重に見える。しかも視界が徐々にうっすら赤くなり始めている気がする。    電車に乗る人々も、明らかに動揺してこちらを見ている。何人か大丈夫ですか?と声をかけてくれている。    「大丈夫ですよ。」  そういった自分の声がしゃがれて低い。俺はこんな声だったか?    熱い。なのに汗が出ない。なんだこれは?おかしい。やはりあの微生物のせいか?  だが、ここで医者に行くわけには行かない。他の奴に手柄が取られるじゃないか。  俺は帰ってまず家族を見返さなければならない。    あ、池袋着いた。どけ、俺は心配ない。邪魔するなっ。この後、埼京線に乗り換えてすぐなんだ。見返せるぞ。見返せるぞ!  待ってろ妻と子よ。この俺が、世界初の男だ。お前達はその家族なんだ。俺を誇れ、敬え。    おい、邪魔するなよ女。俺は大丈夫なんだ。どけっ、触るな。....ん?目の前が真っ赤だ。髪が逆立つ。体から力が溢れる。    うるさい女だ。なんだ急に悲鳴を上げやがって。今度は逃げるつもりか?  待て、逃がさんぞ。俺から逃げられると思うのか?ハハハ、逃げると逆に興奮するなぁ。    待て、待ちやがれ。お前の、お前の、お前の脳ミソを、お前の脳ミソを食べさせろっ!
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