雪と睡眠薬

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4.いかせない  頭がぼやっとする。  浮いてるような。…気持ちいい。  ……足音がする。植木の後ろだから見つからないよね。  近づいてきてる気がするけど、気にしない。  私の前で立ち止まって、もしかしたら正面にしゃがみ込んだかもしれないけど、そうじゃないのかもしれない。  どちらにせよ、もう……  ――こつん  不意に、そんな間の抜けた音がして、額に衝撃が。  ひょうでもふりはじめたかなー。  …まーどーでもいーや。  ひょうが降ろうが槍が降ろうが、空爆が落ちようが地球が終わろうが、関係ない。  私はもう、死ぬのだから。  ……………………ん?  苦しい。  鼻、つままれてる……  えっ! 誰!?  びっくりして目を開けると、そこには――  「新井さん……!? 」  それで一気に目が覚めてしまった。  「……」  すると〔新井さん〕は無言で、  「いでっ…!」  デコピン。  ああ、さっきのはそれか。  っていうか、〔新井さん〕は、何故ここに? 学校は二時間遅れのはずなのに。  混乱と疑問が渦を巻いて何も言い出せない。そんな私を、〔新井さん〕は真顔でじっと見つめてくる。  ……その顔からは、何も読み取れない。〔新井さん〕が相変わらず美人なことぐらいしか…。  それから〔新井さん〕は少しだけ目を細めて、私の頭をそっとなでる。雪を払ったらしい。  よく見ると〔新井さん〕は手袋もマフラーもして、分厚そうな黒いコートも着ていて、やたら温かそうな恰好をしていた。それでも耳と頬は少し赤い。  いいなぁ……。  私…昔から寒さに弱いから、冬はいつも厚着してたのに。  今日は、必要ないと思ったのに。  邪魔をされてしまった。  〔新井さん〕がため息をつく。息が白い。  ふと、口を開く。  「――いかせませんから」  …そう言うと、立ち上がって、手袋をした手を差し延べてきた。  「……っ」 みんなが皆、私のことなんて、どうでもいいって、思ってたのに。 だからきっと、あんな夢を見て、それで……なのに……  それは胸の奥からこみ上げてきて、液体の形をとって目からこぼれた。  この人だ。と思った。私が探し求めていたぬくもりを、欲しかった言葉を、〔彼女〕が持っていた。  でも、冷え固まった体は延べられた手を取ることを許さず、為すすべなくただ震えるだけだった。  寒さに震えて、涙を流しながら〔新井さん〕を見上げる私は、さぞ滑稽なことだろう。  すると、〔新井さん〕は強引にも私の手をひっつかんで無理矢理立ち上がらせた。私はやや必死に、転びそうになるのを何とか持ち直した。  ――と思ったらそのまま私の手を引いてずんずんとどこかへ歩いていく。  「…あ、え……あ…」  唇が震えてうまくしゃべれない。  「これからあなたには一度家に帰ってもらいます」  歩きながら、こちらを見もせずに〔新井さん〕は言う。  「…は、へ」  動揺も加わってますますしゃべれない。  「家族には、何もなかった風を装ってください」  「…ふぁい。」  「充分温まってから、動きやすい、脱ぎ着しやすい服装で外に出てください」  「…ふぇ? 」  「細かいことは気にせずに。あと、家どこです? 」  「しょっち……そっち」  振り向いて聞かれたので、がんばって口を動かして家がある方向を震えながら指す。  「距離はどれくらいでしょうか」  「たしか…ごひゃくめーとるくらい。そこそこ、近い…」  「わかりました」  うまくしゃべれなくてなんか恥ずかしい。  ――なんて、思っているうちに。  「あの家ですかね」  もう目と鼻の先に家があった。  ……こんなに近かったっけ?  寒さで頭が働かない。そんな気もするし、しない気もする……。  「うっかり寝ないでくださいね。外で待ってますから」  そう言われて、なんかめんどくさいしまあいいかと思いながら「うん…! 」と返し、家に戻る。  うん、と言った時の声色をうまく調節できなくて、やたら明るい声になってしまったな…と恥ずかしさに目を細めながら、真っ白な地面を踏みしめる。 5.転んだ先に見たものは  言われた通り、疑わしげな母を適当な嘘で誤魔化し、ストーブで暖を取りつつ、暖かいインナーに、学校のジャージを着て、少し男勝りなジャケットを羽織った。寒暖差でいろんなところが痒い。  〔新井さん〕が何を考えてこんなことをさせているのか、正直全く分からないが、外で待っていると言われてしまったので思考を放棄して外へ。  外では〔新井さん〕がそのままの恰好で近くの木に寄りかかって、腕組みしてどこか遠くを見ていた。  「ごめん、待った? 」  その横顔に話しかける。  うっかり少女漫画みたいなセリフになってしまったな、とか思いつつ、〔新井さん〕を見る。  「あ、あぁ……だ、大丈夫で…です」  うわ、絶対大丈夫じゃないよ、これ…。  「ご、ごめんね……? 」  「大丈夫ですっ、て。少しも、寒くなんか」  強がっていても小刻みに震える体は明らかに寒いと訴えていた。  でも、〔新井さん〕、結構あったかそうな服装してるけど、まだ寒いのか。いや、割と普通なのかな。下は(タイツはいてるとはいえ)制服のスカートだし。  ――とか考えていると。  「さむ……」  急に〔新井さん〕が正直になった。  「ふっ…」  つい吹き出すと、〔新井さん〕は怒ったように背を向ける。  「行きますよ」  「どこに? 」  私の疑問に、〔新井さん〕は首だけで振り向いて言う。  「学校がさぼれるなら、どこでもいいとは思いませんか」  結局、私の疑問が解決されるのはずっとあとになった。
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