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その晩に、行き場を無くした感情が誘ったのは、芳雄の実家だった。
「ただいま」
返事がない。
それもそのはず、今の声量で聴こえる方がどうかしている。
階段から足音がした。
「お、芳雄。どうした?」
父の重幸が、久々の息子を迎えた。
温かいご飯。
久々の両親の声。
家族との団欒の中で、少しずつ、昼間の傷は癒えていった。
「うぉ、万馬券か⁉︎」
突然の声に芳雄も母の恵美子も飛び上がりそうになった。
「シゲちゃん、ほんと⁉︎」
恵美子は目を輝かせていた。
その頭の中に、何が描かれているのか、芳雄には容易に予想がついた。
「うっそでーす」
舌を出して重幸が笑った。
殺気。
重幸も感じ取ったのだろう。
慌てて恵美子から目を逸らし、スポーツ新聞に戻った。
その光景を芳雄は、ぼーっとしながら眺めていた。
本来あっていい嘘って、このくらいのことだよな、と軽くため息をついた。
「芳雄、どうだ。最近、会社は」
重幸がスポーツ新聞から顔を覗かせて、芳雄に聞いた。
「あ、う、うん。仕事自体は問題ないよ」
重幸はやや首を傾げた。
「なんだそれ。仕事以外ならなんかあるって言いた気な言い方だな」
新聞を折り畳み、芳雄の顔を見つめた。
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