中学1年・夏

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中学1年・夏

私、沢木(さわき) (あい)はもやもやしていた。 今日は中間試験の結果が悪く、追試になった人が放課後3年生の教室に集められ、私もその1人だったからだ。 中学生になって初めてのテスト。初日に体調を崩した私は保健室にいて国語を受けることができず、その後なんとか教室に戻ったが、その日テストはまともにできなかった。 結果はもちろん散々で、先生から「とりあえず追試を受けろ。」と言われた。 追試は勉強ができない人が受けるイメージを持っていた私は、この空間にいるのが憂鬱だった。 教室には他の学年の人もいるようで、みんなまばらに席について、男の先生が追試用のテストを受ける私たちを監視している。見たことがない先生。他の学年の先生だろうか。 せっかくいい天気だというのに、変な緊張感ともやもやと晴れない心。追試を受けていることを知られたくない私は同じクラスの人がここにいないことが、唯一の救いだった。 「すみません! 遅れました!!」 静かな空間を切り裂くように、大きな声と勢いよく開いたドアの音が響いた。走ってきたのか汗をかいて短い前髪が少し濡れている。 それが彼、晴田(はれた) 圭介(けいすけ)だった。 怒った先生は頭を下げる晴田を叱った後、私の近くを指さして席に着くように促した。 私はゲッと内心思い、顔を背けた。晴田と私は同じクラスだからだ。 自分の存在に気が付かないでと祈りながら、晴田が隣の席に座ったのを気配で感じる。 「あれ、沢木も補修受けてたの?」 晴田が確かに私の名前を呼んだ。反応しなければ人違いと思ってくれるのではないかと思った私は、晴田の呼びかけを無視した。 「沢木だよね? 沢木藍さん。さーわーき。」 あまり話したこともない私の名前を馴れ馴れしく何度も呼びかけてくる。しつこい晴田に私はロボットのようにゆっくりと晴田に顔を向けた。 「やっぱり沢木じゃん。」 「何度も呼ばないでよ。テストに集中できない。」 「あ、悪い。でも沢木はここにいるようなタイプじゃないと思ってたからさ。意外と勉強できないんだな。」 「ち、違う……!」 「そこ、静かにしなさい。」 晴田の言葉に恥ずかしくてカッとなった私は思った以上に大きな声がでた。先生に叱られ、肩を落とす私に隣の晴田が「ごめん」と謝るジェスチャーをする。 私はプイッとそっぽを向き、もう二度とこんな醜態は晒すまいとより気合を入れた。 *** チャイムが鳴り、拘束された生徒たちが一斉に教室から出た。今回の追試で合格ラインに達成していない人は来週また追試があるらしいが、私は無事、クリアできた。 廊下を歩いていると野球部の掛け声や吹奏楽部の演奏が風に乗って聞こえた。 美術部に入っている私は今からでも部活に参加しようと足早に駆けた時だった。 「沢木!」 後ろから声をかけられ振り返ると晴田が手を振ってこちらに走ってくる。先ほどのこともあり、私は警戒するように肩に力が入る。 「なに……?」 「お前、合格したんだろ? 勉強できないのかと思ってたのに。」 「私は体調悪くて国語を受けられなかっただけ。勉強は……普通だよ。」 「頼む! 追試の勉強教えてくれ!」 晴田は勢いよく頭を下げた。その勢いで私の髪がふわりと揺れる。 「なんで!?」 「次の追試でも不合格だったら、部活できなくなるんだよ。」 「それなら頭いい人が他にもいるでしょ。」 「追試受けたなら対策とか傾向とか、なんかあるだろ。なあ、頼むよ。」 「あるわけないよ、私だって初めて受けたのに……。」 晴田が言うには、入部しているサッカー部は追試に2回落ちると今学期は部活禁止と顧問の先生から厳しく言われているようだった。 「じ、じゃあ、なんで今日遅刻して来たの?」 そんなに部活をやりたいなら今日遅刻してきたのはおかしい。引き受けたとして、いい加減な奴だったら私が損をする。そう思った私はくだらない理由だったらキッパリ断ってやろうと思っていた。 「え……いや、ちょっと草むしりを……。」 「は?」 「ああ、君、そこの君。」 つくならもっとマシな嘘はないかと思っていた矢先、用務員のおじさんが晴田に声をかけ、ジュースを渡してきた。おじさんは汗を拭いながらにこにことしている。 「さっきはありがとう。助かったよ。」 そう言って帽子を振りながら去っていくおじさんを見て、私はすべてを察する。あのおじさんは腰痛持ちで有名だった。 私は断る理由を失くし、尚且つ人に親切な晴田にちょっぴり同情心が芽生えていた。 「わかった。今回だけだよ。」 入学式に咲いていた桜の木はこれから夏に向けて葉を色濃くしようとしていた頃だった。嬉しそうに笑う晴田の顔は、そんな新緑が似合っていた。
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