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お昼が近くなると、私は頬杖をついて授業にのぞんでいた。
この時間、いつも私の頭の中はパパのデコ弁が占めている。でも今日は集中できない要因がもう一つあった。
富士だ。
ちょうど授業の題材が『富嶽百景』だったものだから、余計に意識は明日のキャンプに向いた。
芦ノ湖から富士が望める。逆さ富士は時期的にちょっとむずかしいと思う。ようやく拝める憧れの富士はどんな迫力だろう。私はファンのバンドのコンサートに行くような気持ちで、心をリズムよく弾ませていた。
今回は遠くから眺めるだけでいい。大学に合格してから登るのは挑戦しよう。
だから約束を果たせるのは、もう少し先になる。
意識を授業に向かせるように、カッカッと板書の音が力強く教室に響く。
けれど私の集中力は内閣支持率のように右肩下がりだ。
『富嶽百景』。富士をテーマにした太宰治の小説だけど、富士を嫌う太宰の心情に、私は一欠片も共感を抱けていない。
そのうえ、凝った表現と難解な熟語の鋏が、かろうじて張りつめていた私の集中の糸をプツンと完全に切ってしまった。
ふうと、深い息を吐きゆっくりとまぶたを閉じる。
隣の男子からお腹の音がする。
彼氏と旅行に行くって言ってる声もある。
教科書をめくる音もする。
板書をノートに書き写す音も聞こえる。
おだやかなだなぁ、と思った。
腹虫の声に耳を傾ける時間も、キャラを予想する時間も、退屈な授業を気だるく思う時間も全てがおだやかに過ぎていく。
この変化のない平凡さがなによりも愛おしい。そう思えることも、命があるからこそだ。
けれど、終わりは突然だった。
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