最初で最後の四月の嘘を君に吐いた。

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ふわり、と桜の花弁が舞っている。 すると、病室の窓から桜の花弁が迷い込んできた。 可哀想に。 仲間と離れ離れになった可哀想な桜の花弁を哀れむ。 つかの間の感傷に浸っていたら、ガラガラガラってドアが開く。 『相変わらず辛気臭い顔してるね〜』 『相変わらず君はうるさいな』 そう言い返すと、栗鼠みたいに頬を膨らませる。 相変わらず僕の彼女は可愛いなぁ。 『いま、私のこと可愛いって思ってたでしょ〜』 ニヤッとしながらいう。 多分、君は軽口を叩く振りしてそうして僕の反応を伺っているのだろう。 そんなところも、ほんとうに。 『可愛いよ』 『え?!なんか、恥ずかしいんですけど!』 顔をトマトみたいに赤くしている。 まったく可愛い。 こんな可愛い君を置いて逝くことになるなんて神様は意地悪だな。 君となんてことのない話をしながら僕は窓辺を見つめた。 ぼんやりとしている 僕を見てか君は『ねえ、もうすぐ4月だよね!』という。 『そうだね』 『4月といえば?』 君はいたずらっ子のような顔をして聞いてきた。 『エイプリルフールだね』 『そう!』 『今年は、どんな嘘をつこうかなぁ〜』 遠足前の子どものようにはしゃいでいる君には悪いけど言わなきゃな。 『あのさ』 『ん?なあに〜?』 『僕、もうすぐ退院できるって』 そういうと君は一瞬驚いていたけど、すぐに笑顔でおめでとう!と何度も祝ってくれた。 『退院祝いのパーティもしなきゃね!』 君は、とてもはしゃいでいた。 僕は、ものすごく後悔した。 今日は退院の日だ! 私はカレンダーをみてにんまりとした。 退院祝いにクラスのみんなでサプライズパーティするって計画たてられたし、喜んでくれるかなぁ〜! 今からでも楽しみだ! あいつの驚いた顔を想像してたらお母さんが『…入るわよ』ってなぜか暗い声で私の部屋のドアを開けた。 『なあに〜、いま、あいつの驚いた顔を想像してるんだけど』 すると、お母さんは今にも泣き出しそうな顔で『…亡くなったの』っていった。 『も〜、お母さん今日はエイプリルフールだからってそんな縁起でもないこといわないでよ』 『いいえ、嘘じゃないわ』 泣き崩れるお母さんと一緒にあいつの家に行った。 あいつのお父さんは悲しげな顔で俯いていた。 私に気付くと、『あいつも喜ぶと思うよ』といって入れてくれた。 目の前には静かな笑顔で眠っているあいつがいた。 手首も冷たくて嘘じゃないことがわかった。 嘘吐き。 どうして、退院するなんて、嘘吐いたの。 泣き崩れる私にあいつのお母さんが『これ、あの子から』といって桜柄の封筒を渡してきた。 中には桜柄の便箋に丁寧に綴られたあいつの見慣れた字が書かれていた。 僕の大切な君へ まず、嘘をついてごめんなさい。 今頃、君は 泣いているだろうね。本当にごめんね。 なんで、こんな嘘をついたか書くと長くなるけど。 僕の余命が近づいていたんだ。 それも三月中には僕はあの世に逝くことがわかっていた。 わかっていたのに、なんであんな嘘をついたのかって君に怒られそうだからいうね。 最近夜を迎える度に君といられる時間について考えてしまっていたんだ。 それから訪れるはずのない君との未来も。 四月になったら君と学校に通って帰り道に一緒にアイスクリームを食べたり、休みの日には映画を観たり買い物をしたり。 そんな叶わない夢をみていたんだ。 叶わない夢をみているうちに僕にも欲が出てきたのかな、ついあのとき退院するなんて嘘をついてしまった。 君に嘘なんてつきたくなかったけど、僕は嘘でもいいから君とまた四月を迎えたかったな。 長々と言い訳を書き連ねてごめんね。 そして、今までそばにいてくれてありがとう。 愛していたよ。 さようなら。 最初で最後の嘘つきより 手紙には涙の跡と桜の花弁がついていた。 『もう、ほんと、馬鹿、なんだから』 言葉とは裏腹に目からぽとりぽとりと涙が漏れる。 この雰囲気に似合わないきゃあきゃあって笑い声が聞こえた。 『わあ!すごい桜吹雪!』 親戚の子が目をキラキラさせていた。 涙に濡れたまま、窓をみたら桜吹雪が舞っていた。 窓から忍び込んだ桜の花弁がほっぺに引っ付いた。 私は、桜の花弁をあいつだと思ってそっとキスをした。
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