第十一話 一昼夜

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第十一話 一昼夜

 ───始まりの日から今日まで。或いは、誰かが始まりと決めた  その日から。夜を越せば世界には朝がやって来る。心地よい夜の  微睡みは、柔らかな朝日が清々しさへと塗り替えて行く。  台地の上、石壁に囲まれる都市内へそんな朝日が降り注げば、町  は軽やかな起床に色めき出す。カーテンに、閉じた窓を開き朝日  を向かい入れる誰か。扉が開くと同時、駆け出すは大きな耳が特  徴的な集団。  人々が思い思いに爽やかな朝を迎える。そんな中。  朝日特有の涼しさも、一日の切り替わりも対して感じられないヒ  トも存在する。そうだ。寝ずに一夜を明かしてしまった、かの少  女等がまさにと言った所。  全開のカーテンから朝日が差し込み出したらしくて、部屋がほん  のりと明るさを増して行くのが分かった。 「……朝、だ」  視覚から朝を認識しては、即座に感想を呟いた自分の声。その声  は少し枯れた様子なので驚く。  ベッドで横になり見上げる天井───いや。ただ瞼を開いていた  だけで、別に天井を特別眺めて過ごしてたとか、そんな特殊な理  由は無い。ただ瞼を開いていただけ。うん。 「(ざっと八~九時間程ね)」  それじゃあ喉も枯れちゃうねって話しよ。  何故、何で、何がどう悲しくて自分は九時間近くもベッドの上で  変哲もない天井。小さな頃に両親と一緒に貼った動物型の発光シ  ールを視界に収め続けていたかと言えば。さっき、いや昨日学校  で編入生。それもウェアウルフの彼にここ、こここ告─── 「……~~~~~~~ッ!」  手で顔を覆って身を大きく捩る。したくてしてる訳じゃない、溢  れる感情が自分の意思とは関係なく体を勝手に動かすのだ。こん  な状態で頭に浮かぶのは、ウェアウフルに抱きついた体勢で号泣  する自分。そしてお家への付き添われ二回目に別れ際等など。  確かに自分は其処へ居たのに、思い出そうとすれば出来事全てが  酷く曖昧に思え。それでも頑張って詳細をと場面を浮かべると。  フラッシュバックの様に頭で明滅を繰り返し。場面が脳裏に浮か  ぶ度体を捩ってしまうし、何なら喉にえず気も。  まるで、自分の中で感情を乗せた列車が脱線事故を起こしても尚  止まらず、近隣住宅をなぎ倒しながら猛進するかの様。そうして  理性や情緒と言った住宅が破壊される度に、切ないと言うか目が  潤うと言いますか。兎に角体が強張って仕方がない、目が潤って  仕方がないのです。やがてえず気が最高潮に達しては。 「ッぁ~ぁ……」  我慢の限界と。まくらを顔に押し付け息と共に感情を絞り出す。  何でかは分からないけど、けどこうするとちょっとだけ落ち着け  る。  それが分かったのはベッドに寝転んで四時間経過した頃。 「はぁー……」  顔を覆ったまくらを少しずらしてはまた天井を見詰める。心に浮  かぶのは“どうして”って言葉。  そう、どうして。どうして自分はあの銀色ウェアウルフにこ、こ  ─── 「(告白ッ! 告白がどうしたッッ!)」  口に出す訳じゃない心で思うだけ。それだけなのに妙に難しい。  思えば耳と頬は直ぐに熱くなるし、熱くなるのが分かるとまた変  に意識してしまう。  ああ、ああもう本当にどうして。自分はあのウェアウルフに告白  何てしてしまったのだろう? そう考えるとまた胸の奥や耳やら  が煩くなってしまう。……分かった、もう分かった! 認めよう、  認めてしまおう。じゃないとこの自問自答から抜けられない! 「(自分はあのウェアウルフをす、す、すッきだって事でしょう  ッッ!)」  はぁ!はぁ!はぁ! どうだ。認めた、認められたぞ!  よしオッケー。もう認めたから、認めたから此処からは論理的か  つ理性的に物事が考えられるはず。今ならできる、できるはず。  まず自分は彼の何処を好きに成ったんだ? よく他の子が話題に  出してた身長とか? 確かに彼は高身長、クラスで一番だ。背丈  は高いとそれだけで格好良く見えるかも知れないけど。うん、で  も別に、別に自分は身長とか気にした事ないし。格好良いと思う  けど、種族的に大きいモンなんだろうし。格好良いとは思うけ  ど。  じゃあ何、種族的にって事? まあ種族が違うんだから人間の自  分と彼にはそりゃ違う所が沢山あるでしょ。ふさふさの尻尾とか  カッコ可愛いお耳とか、ボサボサって言うよりツヤツヤな銀色の  毛とか。あ、後温かい手とか魔法に詳しい所とか……。 「(いや好印象ばっかりじゃん! しかも最後種族関係ないし!  乙女、乙女かよ自分はッ!)」  感情が再び暴れた所為でまくらを天井へと放ってしまう。何て意  味不明な行動なのだろう。当然、ずっと宙を舞う訳もなく、まく  らは自由落下で顔の上へ“ポフ”っと戻って来る。 「(乙女だった……のかも)」  まくらを顔で受け止め一人納得。くそが。  昨日から今の今まで。ずっと繰り返して来た情緒の乱れも、流石  に少しだけ落ち着いてきた。納得できないと納得し、理解できな  いと理解したから。つまりはまあ、そうなのだと無理くり飲み込  んだ。  不意に。不意に学園入学前、最後の学校生活を思い出す。 『卒業したら絶対カッコイイ彼氏作るんだー!』 『沢山素敵な出会いがあると良いな!』  なんて。頭お花畑の、自分とは関わりのない誰か。性別だけが一  緒の誰か。卒業まで一言も話した事の無いクラスの誰かが。心底  楽しそうに、起きて夢を見るようにして、親しい友達と色のある  話をしている光景。それを今更ながら思い出した。あの時素直に  思った事と言えば。  “あの子達と自分は違う。望む物も目指す場所も、見えてる世界  さえも違うんだな”って。そう思っていた。勝手に。 「(うわ。また泣きそう)」  鼻が“ツーン”としだしたので本格的にまずい。自分は大きく息  を吸っては、ゆっくりと吐き出す。震える呼吸で、形の分からな  く成りそうだった心を何とか落ち着かせてみる。最初は大きく息  を吸う度体が震えたけど、繰り返すうち徐々に落ち着いてきた。  顔に乗ったままのまくらを退かし。手だけをサイドボードに伸ば  してPQ(ポータブルクォーツ)を手に取り。魔力を込めて電源を入れ  る。 「(……は? ヤバッ!?)」  表示された時間を見てベッドから慌てて飛び起きた。何時もなら  もうとっくに朝の支度が住んでる時間帯だったから。  起きていたのに、何故こんなにも遅くなってしまったのか。ヘア  バンドを掴み洗面所へ向かおうとして考える。何故も何もアイツ  の事ばかり考えていたからに決まってるじゃない。……いや今の  表現は~ッ! 「ぅー。ぅぅうー……」  察し“ぶるり”と体が震え、手にしたヘバンドを落としかけてし  まう。ほっぺに熱が集まって来る気がしたので、急ぎ洗面所へ向  かう。  洗面所の冷水で顔を洗って、部屋に戻ってはヘアバンドを元に戻  し。急いで寝間着から制服に着替える。そして鞄を手に一階へ向  かおうとした所で。 「……時間無いよ」  自分が自分に警告。なのに。 「……」  体は姿見の前へ移動。まあ、部屋を出る前には何時もチェックし  ていた事だし、時間が無いとは言え身だしなみは確認しないと。  其処まで捨ててないからね、自分は。 「……よし」  何時も通り何の問題もない。………。 「(いや? ちょっと髪の毛が───)」  少し。ほんの少し何時もよりも長く姿見とにらめっこしてから、  一階へと下りて行った───  ───リビングでは、既にテーブルの上に朝食が少し並んでいた  ので、手伝う為キッチンへ向かう。  キッチンには皿へ盛り付けをしている母親の姿。母親は自分の姿  を確認するとちょっと驚いた様子を見せて。 「あら? 今日はお休みじゃないの?」  自分で言うのもアレなのだけど。自分は生活リズムがかなり規則  正しい方だと思う。なので自分が時間通りに起きてこなかった時  などは、母親の中で学校が無い日と決まってるらしい。実際今ま  でそうだったので当然だろう。 「違う。ちょっと寝坊しただけ」 「そう。……うーん?」  母親が盛り付けをしている間に、棚から食器を取り出す自分の事  を、何故か母親が手を止め見詰めてくる。なんだろ? 「何? 服が変?」 「ううん、そう言うのじゃないのよ。んーとね。ちょっと、ちょっ  と雰囲気がね、何か良い事でもあったのかなーって。そんな感じ  なの」 「!? ッもない、何もない、からッ」  母親の鋭い観察眼に思わず顔を背ける。当然絶対確実に、家族へ  恋人ができました、なんて報告はしてない。これは言える仲かど  うかでなく、自分でも持て余してる事態なのだからだ。 「ふふ。ごめんなさいね」 「謝らなくていいよ。怒って無いから別に」 「わかったわ」 「食器運んでおくから」 「うん。お願い」  鋭い観察眼を持つ母親から逃げるようにリビングへ。  そうして急いで食器並べを済ませ、集まった家族と朝食を摂り。  途中可愛い妹に『ねえ。誰かさっき“うーうー”唸りながら洗面  所使ってた?』  何て聞かれるイベントもあったけど、勿論キッパリ否定しておい  た。訝しまれてたけど特に追求はなかったのでよし。  それでも追求があったら怖く、送れてる事もあって自分は朝食を  早く済ませ。使った食器を片付けては学園へと急ぐ───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───学園教室前。  時間に追われ列車へ飛び乗り、間に合わせないとと急いだ結果。  何時も通りの時間に学園の、教室の、その真ん前に到着できた。  できてしまった。後は扉の向こうへ入るだけ。だけ、だけ……な  のに。 「(足が震えちゃってるんですよね)」  可笑しな事に自分の足が、太もも辺りが“ぷるぷる”と僅かに震  え、一歩踏み出すのを妨げている。いや当然でしょ。  この先の展開を考えたら足だって竦むよ。だってこの教室内には  自分がとち狂って告白してしまった、あのウェアウルフが確実に  居るんだから。ああしかも、もし万が一にもあのウェウルフが自  分に馴れ馴れしく、そう。彼氏面! 彼氏面なんてして来ようも  のなら、クラス中にこ、こ、こい───んん! そう言った関係  だとバレかねない。そうなれば格好の話題の的、噂の中心に。そ  んなのは絶対にゴメンだ。静かで何もない学園生活こそが、自分  の望みなのだから。 「(こんな事なら、今日は登校をやめれば良かったかも)」  時間に焦り、問題の先送りと言う選択肢を逃してしまった。  昨日からずっと考えている問題に頭を抱え、その場で蹲ってしま  う。  今まで、今までは考え事にこれほど感情が付随してくる何て事は  そうそう無かった。ましてお花畑的で、夢ふわ妄想じみた考えな  んて一欠片だって。考えだけでこんなにも振り回されるだなん  て、思えば可笑しい話しだ。だってまだ何も始まってすらいなの  に。こんなのは自分とは思えない。こんな日常を望んだ事は無  い。  なら、ならいっそ告白を間違いだったとして、全て無かった事に  してしまうのはどうだろうか? 「(それは絶対嫌ッ! ───ぁあ~~~~!)」  即否定ってホント、自分。……まあ。疑問や葛藤みたいなモノが  自分の中でごちゃごちゃしてるってのは分かるし、それともう一  つ。多分、多分きっと恐らくもしかしたらで、自分はあのウェア  ウルフの事が───好きだ。と言う事。 「(ああもう、ホント。自分は一体どうしてしまったんだろう)」 「あの。大丈夫ですの?そこの貴方」 「!?」  好きかどうかを考えて、好きとか答えをだしちゃって。しかも瞳  とか潤ませるとか。そんな事をしていたら背後から声が飛んで来  た。お陰で考えとは言えない、もはや妄想と呼ぶべきモノから現  実へと引き戻してもらえた。そして、瞬間的に冷静な思考が脳を  駆け巡り。 「ええーっとはい。ちょっとコンタクト何か落としてしまって」 「あらそれは大変ですね。では探すのをお手伝いしましょう」 「いえもうあった、見つかりました。お気遣いありがとうござい  ます」  まあコンタクトとかって全くの嘘なんだけど。バレれ無いだろう  し、バレても問題なんて無い。だって同じクラスは勿論、他のク  ラスにだって親しい学友は一人も居ないのだから。……修正。一  人だけは居るかも。  嘘を吐きながら、頭に銀色の(たてがみ)を思い浮かべながら、立ち上が  り背後を振り向けば。 「(居たのは学年一位さんでした。あ、今は二位だったっけ)」  サラサラブロンドヘアが眩しい女子生徒。髪が輝いてるのかって  位に艶々。勉強も人当たりも良くて、美形なエルフと見紛うほど  に整った顔立ちの持ち主。見た目に、性格があそこまで良いと成  れば男子女子からの人気も厚くなる。  そんなクラスの人気者さんの名前は確かカテリナ、だったっけ。  ファミリーネームの方が有名過ぎてちょっとうろ覚えだったり。 「? 私の顔に何か?」 「すいません。ちょっとぼーっとしてました(ぐ。同性でも見と  れてしまう程ってのはどうなんだろう、何か秘訣あるのあかな…  …)」  他の皆と一緒。こうして間近でキレイな様子を見てしまうと、容  姿の磨き方に多少興味も出てくる。……別に最近の事は関係な  い。 「ご気分が優れないなら保健室へ行く事をオススメしますが……」 「いえ気分は悪く無いので、大丈夫です」 「そうですか。では無理なさらず」  言って彼女は小さく会釈を挟み教室の中へ。性格も良さそうっ  て、完璧かよ。……いや、全然羨ましいとか憧れるとか思ってな  い。他人に興味何て無いし。 「(うーんでもあれなら人気も納得かも)」  何て事を考えては、自分は一度頭を振り。また他のヒトに変に思  われる前にと、意を決し教室の中へ。  何時ものように。クラス中央で視線を飛ば───さない。今日は  ね。 「(ビビってない。全然ビビってないけど)」  浮かぶ言葉とは裏腹に。まるで首が固定でもされているかの様に  全く一ミリも微動だにしなかった。下を向いたまま、床に視線を  固定したまま、そのままに自分の席。窓際を伝い階段席を登って  行く。道中胸の鼓動が煩くて仕方なかった。まるで絞首台へ登る  気分かのよう。  そして。最後の一段を上り、遂に現実と向かい合う時。 「オッスおはよう」 「……おッ───はようございます(くそ!!!!!第一声から上  擦っちゃったね!!!!!!!!!)」  顔が一気に熱くなるのを感じる。恥ずかしい、いや恥ずかしいっ  て何だ? 別に変じゃないし。変じゃない変じゃない変じゃない  からッ!  呼吸が早くなるのを感じながら、既に譲られていた席へ腰を落ち  着ける。そして考える事と言えば。 「(彼氏面、彼氏面、彼氏面すんなよッ!)」  顔も見れない隣の奴の事。熱量は考えをも加速させる。確かに、  ええ確かに告白したのは自分で間違いないし。どうやら自分は  間違いようもなくコイツ、いや彼の事が好きらしい。それはもう  認めた。認めました、徹夜で。  でも、でもそれでも彼氏面何か絶対させない。良くある話、付き  合ったら急に馴れ馴れしくなって来たとか、そんな事にはさせな  い。絶対、絶対に。  顔を強張らせ。考えも強張らせ。聞きかじった程度の恋愛話を頭  で振り回しながら。それでもと、なぜかと、横目で隣を確認して  しまう。 「……」  隣では彼が片腕で頬付き此方を見ていた。あの琥珀色の瞳で見  て、みてててててて─── 「なにッ!かよう!?」  予期せず視線が交わった所為で脳がバグった。  金縛りみたいに視線を外すことも出来ずバグだけが貯まり、何と  かしようと言葉を飛ばしてみれば。見事に発生器官で息と言葉が  譲り合いもせずに打つかり、言葉ってこんなにも発し辛いモノだ  ったのかと痛感。現在泣きそうです。 「いや。……ちょっと見てたくて」 「あ、そう(“ちょっと”ってなに!??????????)」  ダメ。もうこれ以上言葉も視線も交わせない、視界に彼を収めて  られない。何がどうダメなのかは全然全く自分でも分からないけ  ど、兎に角今は無理でムリ!  だって言葉を交わしたら止まらなくなる気がする。だって、視界  に収めたらずっと見ていたく成ってしまうか─── 「(ッだから! もうそれは乙女じゃんッッッ!)」  机に頭を叩きつけんばかりに落とす。幸いな事に、痛い思いをし  たくない、その程度には理性が、もしくは本能が残っていたの  で。頭が机に打つかる前に減速。机のひんやりとした感触が伝わ  る。 「うお!?どうした!」 「大丈夫だから。大丈夫だからほっといてください」 「お、おお……」  語気を強めて拒絶の言葉を吐く。吐いてしまった。  今の一瞬だけで自分自身を心底嫌に思ったのは、初めてかも知れ  ない。ああ、ああなんだろうかこの嫌悪感は。本当に泣きそうな  んでずげど、堪えないと、堪えないと。行けない涙が零れそう。 「やっぱ面白くて可愛いよ、ティポタは」 「………ほっとけ」 「悪い悪い」  彼は何も気にした様子もなく『へへ』っと小さく笑って居た。  自分は腕で囲いを作っては、ただ押し黙る。  分かった事がある。悪感情って言うのはしつこくて、尾を引く感  情だけど。時にはこんなにも簡単に、あっさりと吹き飛んでしま  うモノらしい。 「(だけど代わりに今度は)」  顔の熱は暫く引きそうにない。自分はそのままの体勢で、朝礼ま  で待つ事にした───  ───朝の授業。と言っても今は試験後の休止期間。自分たちは  先輩の授業を見学とかして過ごす期間なのだけど、今日は担任で  あるテレーズ先生が『今日はたまたま暇なので』と言う理由だけ  で授業をしてくれるらしい。  この学園、“マギストディウム”で働く職員のほとんど、そして  教員を務める先生達も。教職員であると同時に生徒でもあり、ま  た研究者でもあるらしい。つまり此処には生徒が沢山って事。  学ぶが誉れ、だなんて謳うは正にと言った所かも。  そんなテレーズ先生の授業は魔法の歴史、それも戦役に偏った物  を話してくれて。  “午後からは打ち合わせだから”と。特別授業も午前中で終了。  授業が終わり生徒が教室を離れたりする中。平静を取り戻した自  分は思う。いや感じてる。 「(気不味い)」  この後何をすればいい? いや勿論授業の見学だとか色々ある、あ  るけどさ。それって一人で良いの? 一緒にーっていやいや。  自分はお花畑の住人とは違うでしょ。付き合ったからって、昨日  の今日で何に変化させようって言うのさ。そう、そうだよ。付き  合ったからって何だって言うんだ。うん。  彼が話し掛けてくる事なんて実はそんなに多くなかったし、今ま  でと何にも変わんない。……変わんない。 「(ああそう、そうなの。お昼だって今まで通り一人、独りで──  ─)」  は?全ッ然寂しくないし。全ッッ然望んでないし。考える事自体  浮かれすぎてるもの。自分は残念な花畑の住人じゃない。  だから、だからお昼を一緒にとかそんなイベントに浮かれたり、  望んだり何かしない。……のにッ、なんッでこんなモヤモヤする  の! あぁ彼にどう思われるとか、彼を誘おうとか考えると頭が  おかしくなりそう! もうダメだと。此処には居られないと、自  分は鞄を手に席を立とうとした所で。 「なあティポタ」 「ひあい(あぁああああああああああああああああああ!)」  いい加減まともに喋れるように成りたい。このままだと喋れない  奴なのかと思われそう。バカ、バカでしょ自分。変な奴すぎるぞ  自分と。心が“ずるずる”と何か良くない場所へ沈む中。 「その。良かったら一緒にお昼とか、食べようぜ」  顔は此方を向いて。琥珀色の瞳は何処か違う場所を見てる。そん  な事にも自分は気が付かず。 「─────────ど、どうしてもって言うならしかた是非」  沈みかけた心が急浮上してどっかへ行ってしまう。 「っしゃ!行こうぜ!」  とっさにオーケーしてしまった所為で、嬉しそうに笑う、笑う?  笑顔? なウェアウルフな彼と一緒にお昼食べる事になってしま  った。何故!?  彼氏面するなと念じ、何も変化をしないほうが良いと願った少女  は、変化の波にさらわれて行く。それは望んでか、望まざるか─  ──
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