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第十二話 肯定
───アロークと呼ばれる都市中心には、外縁の壁とはまた違っ
た壁で囲まれた、ある学園が存在していた。それは歪、或いは狂
気的にも均衡を保って見える塔を構える、名をマギストディウム
と言う魔法の学園。
かの学園内は塔を中心に幾つもの建物が点在し、都市の中にもう
一つの都市を築いているかの様子。そんな学園へ通う老いも若き
もな探求者たちは今、お昼休みと言う時間をそれぞれが自由に過
ごそうとして居た。
ショートカットを揺らし学園内、塔から出て来た女子生徒と。銀
色の鬣を靡かせ隣を歩くウェアウルフの二人も、また同様だ。
正直な話し。お昼を誘われて嬉しかったですか? と聞かれば凄
く───普通に嬉しかったですよ。と認められる程度には自分を
また一つ理解できた気がする。あの、混乱極め情緒のたがも弾け
飛んでしまった、羞恥的できごとから時間が立てば立つほどに。
自分の中では刻一刻と現状への理解、把握、心理状況が鮮明に成
って行く。至極当然、そう当然な話なんだけどね。
「オレ、此方来て誰かとお昼を一緒に食うの初めてだ。だからスゲ
ー嬉しいよ!」
「そッですねー」
自分なんかと一緒で“嬉しい”とか言われるだけで、簡単に言葉
が詰まってしまう自分の事だけは、多分一生理解できない気がす
る。ええい、いい加減まともに話せよ、自分ッ!
取り敢えず会話、会話だ。直前の会話から話題を適当に抽出し
て。
「んん。あの、ヴォルフ君は何時もお昼はどう過ごしていたんです
か?」
どーうだ。滅多に、と言うかほぼ他人と会話しないからって、会
話自体が不得意ってわけじゃないんだぞ、自分は。こうして自然
に、しかも相手の話から話題だって抽出だってできるんだから。
それにそれに名前だって───いや。前は彼の名前を呼ぶ事を一
々意識してなかったはずだぞ、自分。
「(うわ。意識するってだけで、認識してしてしまうってだけで
胸の辺りが“イライラ”してくる! うわ、うわうわうわ! 何こ
れこそばゆい!)」
「んー? あー……昼、は………」
「?」
彼を見た時から始まっている、心内の“イライラ”に口をへの字
に曲げてしまう中。
「……てた」
「はい?」
「昼は適当な場所で寝てた」
「………それは、何故?」
彼にしては珍しいちょっとの小声と半目の顔。その仕草が、表情
が、自分の意識をいとも簡単に傾けさせる。
「(種族の違いで昼は食べないとか? そんなの今まで聞いた事な
いけど)」
自分が見上げる先。琥珀色の瞳を一度だけ此方に“チラリ”と向
けては。
「あー……この学園、のどっかに食い物が買えるらしんだが、いま
いち場所が分かんねーんだ。オレ」
「なるほど。場所が覚えられない系って事ですね。確かにこの施
設、敷地は作りが複雑ですものね。けど看板とか注視すれば結構
目的地に辿り着けますよ」
中には意味不明、既に道が塞がっていたり扉に変な鍵が掛かって
いたりとするけどね。そこはもう慣れるしか無いと思う。この学
園の特殊性に。
とは言え。誰々の工房、何てピンポイントで探し辛い所とは違っ
て、食事処と言う利用者も多い場所はかなり分かりやすい。あれ
が分からないってのはそうそう無いと思うのだけど。
「看板が全部文字じゃなくてマークなら分かったんだけどなぁ」
「! そう、でしたね。ごめん」
しまった。本当の魔法が使えても、頼りがいしか感じられないと
しても。彼が一般文字を読めるように成ったのはつい最近。
別に悪口を言った訳でも無神経に傷付けた訳でも無い。と思う。
でも、なのに、どうして自分の中で罪悪感が芽生えるのか。
燻ぶりだした罪悪感は、まるで取り返しの付かない事をしでかし
てしまった様な、自分はどうしようも無く周りのヒトを気に掛け
られないヒトなんだと。そんな風に思わせて来る。
「なんで謝んだ?」
「いえその、ちょっと無神経だったかなと」
「はは、気にしてねーよ」
そう言う彼の腕を、大きな手を掴み引き止めては。
「本当にごめなんさい」
ちゃんとごめんなさいを伝えた。気にして無いと言われたけど、
それでもこれは伝えるべきだと思った。だけど、急に恥ずかしさ
がこみ上げて来ては、気にして無いと言われたモノを態々真剣に
返して、もしかしてこれは自分の方が気にしすぎて逆に失礼な展
開なのでは?
そう思った瞬間掴んだ彼の手をさっさと手放し、腕を逃がすため
に引っ込める。
「!」
けど。放した自分の手を戻ってくる前に彼が逆に掴んで来ては、
何故か体ごと此方に向き直り。
「好きだ───」
「ッおおおおおおまえ急になななな何───」
「───ティポタのそう言う所」
「あああああそうねうん。そう言う所ね、所だけね!」
突然の好意表明に自分の心臓が暴れまわり。どう言う原理か知ら
ないけど耳が“ドクドク”と脈打ってしまう。耳熱ッ。
「いや全部だ!」
「~~~~~!」
「な!」
「───分かった。分かったからもう黙れ、お前!」
急すぎる。何もかも。背中は汗ばむし、喋ろうと思うと言葉と息
が詰まる。このままでは自分が彼に壊される、だから語気とか言
葉選びに気を回す余裕なんて無くて。そのままどストレートに感
情をぶつけてしまう。乱暴な言葉使いだとは、分かってる。
「へへへ」
「(何がおかしくて笑ってんだコイツ)」
それでも彼は笑っていた。自分とは違う作りの口を、此方から見
上げられる片側だけを“ニッ”と柔らかく吊り上げるのだ。
ああホント、此方が困ってると言うのに何を嬉しそうに笑うの。
しかもそんな様子が理不尽にも嬉しいと感じてしまい、自分の心
内に“イライラ”を湧き立てる。
もう良い。謝罪がどうのとか態度がどうのとかもう関係ない。兎
に角今を動かしてやろう。
「お昼、お昼ごはんを食べる買うにしろ、取り敢えず案内しますか
らね!」
「おお!頼もしいな!」
言ってさっさと歩き出す自分───だけど。一歩と進んでは二歩
目が出せない。何故なら。
「あの、手」
「……」
「聞いてる? 手がですね……」
顔を背け視線を逃しても、未だに手は彼に捕まったままなのだか
ら。
そう言う意味で言葉を発してみたのだけど、ウェアウルフからの
反応は薄い。繋いだ手を見詰めてるばかり。いい加減この状況が
誰に見られたらとハラハラして来たぞ。
「おい。だから手を放せって───」
「なあ」
「あん?」
「手ぇって、このまま繋いで行っちゃダメなのか?」
「───」
完全に。完璧に今喉に呼吸が詰まった。何なら心臓も一瞬止まっ
たかも。
この、このウェアウルフ。繋いだお手々見て何を言い出すかと思
えば、は?これ彼氏面? これが夢噂妄想小説ドラマ映画で聞い
た知った彼氏面って奴なの? いや、周りにこんな姿を見せるの
は許さないし、許せんよ。だってもうそれカップルだもん。
幸いにも今自分たちの周りにヒト影は見えない。塔を出て直ぐ脇
道、人通りの多い正面でなく建物を沿うように歩いて来たから。
ヒトは整地された別の歩道を歩いて居る。けれで此方が見えない
ほど遠いって訳じゃない。今だって誰かが振り返れば。
「ダメに決まってるだろ!」
「ダメか? ダメかぁ……」
「いやそもそもな、そう言うのは恥ずかしいとか照れくさいとか
ね、そんな感情があって拒むもんなんじゃない? 自分から手を
繋ぎたいとかは言い出さないんじゃない? 普通の男子的に」
「? 他は知らねえけど、オレは好きなヒトとならずっと手を繋ぎた
いぞ?」
「ッ───まっま、まあッ!? 少し、だけなら!?」
塔の外。お昼休みだけど広い広い学園敷地内。行くべき場所が決
まってる生徒は既に足早に何処かへと向かっている。だから、だ
から少しぐらいなら良いかなーって、かなーって思ってしまいま
した。
何口走ってるんだと自分でも思う。けれどさっき自分は意図せず
彼に失礼、かどうか分からないけど、自分的にそれっぽい事をし
ちゃった。だからこれは謝罪の一環、口にしない態度の現れ。
別に大柄でいかつい服装のウェアウルフが、自分の小さな手を握
ってたいとか。好きだ好きだ好きだと言われる度に背中が震えた
り首筋が“ゾクゾク”するからとか。そんな、そんな嬉カワ──
─笑える。至極笑える事を彼が言い出したから、特別に許しちゃ
おうかなんて。ホントそれだけなのですよね!うんうん!
「(自分は一体誰に言い聞かせてるんだ? あ、自分自身にか)」
「本当か!?やったぜ!」
「少し。少しだけだから。後そんなに嬉しそうにするな、色々危
ない、危ないから」
尻尾を振りってお耳“ピコピコ”なウェアウルフが。
「? よく分かんねーけど、分かった」
「(だろうな。自分でも分かってないもん)」
危ないと言うより、危険と言えば良いのか。ああいや今考えるは
別。
自分たちはヒトが少ない、視線の通らない場所を通っては、食事
処がある場所へと彼を案内する事だけ考えよう。……。………。
「あの」
「お?」
「そ、そんなに私……と。手を繋ぎたか───いややっぱ良いで
す」
何をまた口走ってるんだ自分。そう思うの一秒遅かった。
「ああ勿論。何なら抱き上げて歩き回りたいぐらいだぜ!」
「は!? 何言ってるの!?」
常識から大きく逸脱した思考、言動と言うのは此方を冷静にして
くれるものだ。ただし傍から見た場合に限りって事。当事者にも
なると冷静でいられない。
彼の思考、言葉の意図を読み取れず頭をバグらせながらも。二人
で話をしながら目的地へと向かう。
バグってても話位してしまう。だって、周りには誰も居ないのだ
から。どんなに“イライラ”させられても、会話を拒否したいと
は思えなかったから───
───外から見ても、と言っても外壁だけだけど。それでも学園
内が広いのだと分かる。そんな広い敷地内には更に細々とした建
物が結構、いやもう悪い言い方になるけど。考え無しに乱立され
た様子で。建物群に飲まれ方角を何か見失ってしまえば、学園内
で簡単に迷子になってしまいそうな程だ。まあそのお陰でヒトの
通りと言う物がいい感じに分散されてて、ヒト通りの少ない道も
多々存在しているのだけどね。
「(結構長い間手を繋いで歩いてしまった。まあそれもヒトの居
ない道を選んでたのだから、当然と言えば当然)」
とは言え。目的地に近付けばヒトも増えて来る。特にお昼の今、
同じ食事処を目指し集まっているヒトは多い。そんな場所へ向か
い、自分たちも近付いて来たので。
「はい。もう此処までです」
「おう!」
「「……」」
一瞬の間が生まれる。いや。いやいや。いやいやいやいや。
「(手ぇ離せよッッッ!)」
何故か互いに手を放さない。心で叫びながら自分も手が放せなか
った。もう仕様がないね。こうなったらこのまま放さなくとも─
──いや危ない!自分!
「!」
内側で鳴らされた警鐘に意を決し。自分から手を離す。
危ない、危なかった。今頭が完全に毒に侵される所だった。しっ
かりしろ自分!
「(一度許したら一生、一度許したら一生)」
どっかで見た女性誌の『軽く見られない女性の十箇条集』に載っ
ていた、薄っすら覚えている一つを心で復唱する。
「この辺がそうなのか?」
「んん。ええそうですよ」
そんな事を考えているとは梅雨ほども思ってない、名残惜しもせ
ず彼が普通に尋ねて来た。……今のだとまるで名残惜しんで欲し
かったみたいじゃない?自分? いや、気が付くな気が付くな自
分!よし、深く考えるのやめとこうね!
頭を振っては乙女な思考を無理やりにと散らす。
ああ全く、自分はどうしてしまったんだか。自分にはこんな考え
は似合ってないだろう。……ああそうだ、似合ってないんだ。
「おぉー……確かに。この辺りは美味そうな匂いが強い」
言いながら彼は鼻先を空へ上げ、鼻をヒクつかせては感想を口に
した。生憎自分にはまだ何の匂いもして来てない。
彼が感想を言って少し後、食事処へ更に近付いては、食べ物の匂
いが自分にも届いてきた。ああ確かに、この辺りは本当にいい匂
いかも。
「……。!」
自分もつい鼻を一度鳴らしてしまう。しまったと思い彼の方を見
遣ると。
「おぉ、おおぉ」
何て呟きながら瞼を閉じ匂いを嗅いでいた。その仕草に心をほっ
こりとさせられつつ。
「それじゃあまあ、取り敢えずは見て回りましょうか?」
「だな! あぁー楽しみだ!」
笑顔。牙が“ズラッ”と並んで見えるけど、多分笑顔。
「……ふふ」
「行こうぜ行こうぜ!」
「そうですね。まずは───」
尻尾を“ぶんぶん”振る彼と一緒に。学園内飲食店通り、区とも
言えそうな場所を見て回る事に。
学園は広く、そして塔の中に立ち入り制限の場所があるように、
実は塔の外。学園内敷地にもそんな制限エリアが存在している。
一学年級が通れる校門は四つあるうちの一つで、『ソード』と呼
ばれる正門だけなのだけど。その正門付近こそが自由に歩き回れ
る範囲。今の一学年級辺りはね。
この学園の面白い所は、区分けが壁やフェンスじゃなくて、建物
自体で行われている所だと思う。塔から壁のように建物がぎっし
りと続き、制限エリアの通り道になる建物には軒並み入室確認が
必要。ある種城下町のような、と言うか塔を城とするればもう城
下町その物だと思う。此処って。
制限の仕方も狙ってそうした作りにした感じじゃないのがまた、
この学園の性質を物語っているなぁ。
そんな学園の飲食店密集エリアに来た自分は、初めて此処に来た
と言う彼にお店の外観を見ながら案内。
「あっちのお店は羊肉が美味しくて、此方側の通りにあるのは謎
野菜を出してくる───」
そして各お店の説明ができる位には、自分はこの辺りに詳しかっ
たりする。何故ならお昼は何時もこの場所で、お店を日替わりで
楽しんで過ごして来ていたのだから。
母親がお昼を作ってくれる日を除いてずっとね。
「へぇー……。ティポタは飯屋にスゴク詳しいんだな」
「! く、食いしん坊で悪かったですねッ」
美味しい物を沢山食べたかっただけだし! 太ってないし! 気
を付けてはいるし!!! ああでも、言いたかったのはこんな
強い言葉じゃなかったんだけど。
「悪くねえ。オレもきっと食いしん坊だからな。仲間仲間」
「そうですか、そうなんですね。ええっと、その、オススメはあっ
ちのお店です」
「オススメ。オススメ、オススメって事はオススメか」
コイツの笑顔には“イライラ”する。なので顔を背け歩く。と言
うか今の納得の仕方はなんだったんだろう? そんな疑問と一緒
によく利用しているお店の一つへ向かう。けれど。
「(うげ)」
紹介している間にも薄々は気が付いていた。飲食店に新入生の姿
が多いな、って。
そして何と言う事か、一番のオススメ店は満員御礼状態。最近ま
ではこの場所で同学年の生徒を見かける機会は少なかったりし
た。勿論学生やら何やらとヒトは居たのだけどね。
考えるに、試験も終わり休みの期間。塔以外を見て回ろうとする
新入生達は探索しては、ついにこの場所を。食事処へと辿り着い
たのだろう。自分たち学生での情報共有の速度は、有名ワイバー
ン運送もかくやと言う速さ。加えて、順次研究や試験発表を終え
た先輩方も戻って来ているのだろう。先輩方は自分たちとは倍の
試験機関があるのだから、準備も比例するだろう。つまり、自分
が利用していた期間が一番利用者の少ない期間だったんだろう。
「(それでこれって訳ね)」
まあ別にヒトが居ても席が空いていない訳じゃない。訳じゃない
のだけど。
「(う~。混んでる場所はなぁ)」
「……」
ヒトが沢山居る場所は落ち着かない。それに今日はなんだか心に
余裕が何時も以上に無い気がしてる。手を握って歩くとかしちゃ
う位に。……困ったかもです。
「なあ」
「あ、はい。こんな所に突っ立てないで、中入らないとですよね」
気は進まないけど。詳しいと案内して、オススメだと紹介して置
いて、中に入らないのはどうかしてる。苦手だけど嫌いでは無い
のだから、少し我慢をすればいい。耐えれば良い。
そう思い店内へ向けて歩き出した所で。
「いや。食い物だけって買えねえかな? 此処」
ウェアウルフの彼がそんな事を尋ねて来た。
「? テイクアウト、って事ですか?」
「そう、そんなんだ。できるか?」
確かこのお店はお持ち帰り専用窓口があったはず。使った事は無
いけど。
「多分できますよ。まあ此処が無理でもテイクアウトしたいなら他
のお店でも十分だと思いますし」
「んなら食いモン買ってどっか別で食おうぜ」
「ああ、はい」
自分としては提案を断る理由が一つとして無かった。なので彼と
共にテイクアウトの窓口へと向かう。予想通りテイクできそうだ
ったので、自分は彩りサラダと焼き立てふっくらデニッシュのセ
ット。隣の彼はメニューを見詰め『肉、肉、肉……』と呟いて
は、『豪快!骨付きビッグチキン!』なる物のセットを注文。
「以上ですね。ではお品が出来上がるまでそちらでお待ち下さ
いー」
支払いを済ませ、出来上がりを傍にあった椅子に腰掛け待つ事
に。
二人揃って椅子に腰掛けてすぐ彼は。
「この辺りって詳しいよな?」
「まあ。それなりに」
間を持たせようとしてくれてるのかそんな質問を飛ばし。
「じゃあヒトが少なくて、んでもって飯でも食えそうな所って分
かったり?」
うーん。ヒトが少なくてご飯が食べれそうな所……。あっちか
な。
「一応分かります」
「んじゃ飯持ってそこだな」
“ニッ”と笑い等と話す彼。意外、意外、意外。意外に過ぎる。
意外と言う名の疑問を。
「もしかしてヒトの多い所が苦手なんですか?」
此方も間を持たせる努力として聞いてみる。
「あー……」
「(何処見てんだ?)」
少し顔を上げ空に視線を飛ばすウェアウルフ。その横顔、琥珀色
の瞳を覗いていると。一瞬瞳を此方に動かし。
「今日はそんな気分、だったとか?」
「はぁ……?(疑問符付けられて此方に聞かれても)」
何てふわふわとした会話をしている間に。
「テイクアウトをお待ちのお客様ー!」
受付から声がかかり。出来たお昼をそれぞれが受け取っては。
「んじゃまた案内頼む。お、その間荷物はオレが持つぜ」
「え、あ、はい」
別に荷物ってほど荷物はないのだけど。でも持つと言うなら持た
せようと思う。難なくバスケットと紙袋を抱える彼を連れては、
再び食事処から少し離れた場所目指し歩く事に。と言ってもそれ
ほど遠くない。少し建物裏に入ってさえしまえば。
「おー! マジでヒトが居ねーな!」
「わざわざ裏路地通るヒトなんていませんからね。普通」
塔から少し離れたこの辺りは建物が密集しているので、通りが幾
つも出来ている。そんな、迷路じみた裏路地を好んで歩く生徒は
少なく、だからこそ一つ建物の裏に入るだけでこんなにもヒトが
消えてしまう。
路地裏と言っても繁華街のそれとは違って怖い感じではなく、寧
ろ少し寂しい感じの場所。周りの建物にはヒトの気配が全然ない
し、寂れたと言うか何と言うか。一人ではちょっと近付きたくな
い感じってのは此処も変わらないけどね。
まあそんな場所でもちゃんと休憩できる長椅子が置いてあるので
安心。取り敢えずと二人で腰掛け。
「ほい」
「あ、持ってもらってありがとうございます」
「おう」
持ってもらっていたバスケットを彼から受け取る。中には注文し
た彩り豊かなサラダと、艶めくデニッシュ。うん、美味しそう。
「……」
自分のご飯の入った紙袋抱えながら、興味あり気に此方を見てい
る隣のウェアウルフ。そんな注目されたら視線にも気が付く。
「あのお店って実はメニューには書いてないんですけど、サラダを
頼むと特製のドレッシングが付いてくるんです。これがサラダに
凄く合ってて、しかもサラダの種類ごとに違うって言う拘りっぷ
りなんです。凄いですよね」
言いながらサラダに付属の容器からドレッシングを垂らす。いい
香り。
「それとこのデニッシュ。此方は別に普通のですけど、町のパン屋
さんと比べるとこのお店のは外がサクサクで中はモチモチ。普通
は両方もちっとしてるんですけどね。パン屋専門店じゃないのに
レベルが高ですよね、純粋に」
バスケットから魅力あふれるデニッシュ二つ。うち一つを手に取
っては。隣へと差し出し。
「はいどうぞ」
「え! くれんのか!?オレに!」
「あげますよ。……別にいらないなら───」
「いるいるいる!」
言いながら紙袋を片足で四を作って固定しては、デニッシュを態
々両手で嬉しそうに受け取る。
「(ホント、嬉しそう)」
ベンチに浅く腰掛けてる彼の、その尻尾が“ぶんぶん”動いてい
る。
「んじゃあティポタにはコイツを一つだ」
「え?」
お返しとして、彼が抱える紙袋から出てきたのは結構大きい骨付
き肉、いやデカイよッ!
驚くも反射で思わず受け取ってしまう。
「ど、どうも」
「おう! じゃ食べようぜ!」
言って渡したデニッシュを噛みちぎっては、頭を上に振りながら
頬張り。
「……んぐ。はーうめぇー!これ、これがマジなパンかー!」
「(大げさな奴。……ふふ)」
美味しそうに食べる、と言うリアクションならばとても上手だっ
た。隣で嬉しそうに、味わって食べてるらしい彼から、自分は貰
ったチキンへと視線を落とす。この大きな骨付きチキンは、あの
お店での自信作でもあるらしい。勿論自分も食べてみたいとは思
ったのだけど、一度も食べた事が無い。
何故ならターゲットが男子生徒らしく、更にお友達と食べる事を
想定してるのか単品売りが無かったから。なので、お一人様な自
分にあの量を買うなんて事はできず、縁遠い商品だった。
何より。
「(お昼には重いでしょ、これは)」
「! !!」
隣では噛みちぎったデニッシュをハグハグと飲み込んでいるらし
い姿が、地面の影で“チラチラ”と自分の視界に入ってくる。食
べ方は種族それぞれなので何も思わない。いや、ちょっと食欲を
刺激される豪快さ、かも。む、むむむむ。
「(まあ貰ったものは頂かないとね)」
実は今日、この時点でとてもお腹が空いていたりして。貰ったお
肉はそれはもうとても美味しそうに映っていた。なので自分でも
ビックリするぐらい大胆に、予てから興味のあった骨付きチキン
へ齧り付く、付いた。
「ッ!」
齧り付いた瞬間パリパリとした皮の良い音が響き、歯ごたえのあ
るお肉の食感。そして独特な香ばしい香りが鼻孔を駆け抜ける。
男子向けにと作られているから大味な感じはするけど、それがま
た良し。香り、この香りって炭かな? ……ああもうすごく美味
しいこれ!
空いていたお腹。気が付けば手の上で骨付きチキンはただの骨へ
と早変わり。ホント、自分でもビックリ。
「美味しかったぁ~」
大満足な食べごたえ。味の方も十分で、とても素晴らしい料理
だった。
「あう?」
「はい?」
声? がしたので上を見上げると、最後のデニッシュを咥える彼
の顔。彼は上を大きく向いてはデニッシュを飲み込み。
「……んぐ。それで食い終わりなのか?」
「? ええ」
「骨は?」
何て事聞いてくるんだ。流石に食いしん坊と思われてる自分だっ
て。
「骨は食べませんよ。欲しいならあげましょうか?」
何て。食いしん坊と思われる事に対し彼へ冗談で刺し出すと。
「いいのか!」
「ハ? ───」
自分の手から骨を受け取り。そのまま“バリ”とか“ガリリリ”
とか凄い音、自分が今までの食事時には聞いた事も無い食事音を
立てながら、渡した骨が噛み砕かれ胃袋へ消えて行く。
顎や歯の力が自分とは大違いなのだと見せつけられる、ちょっと
衝撃の映像。……でも美味しそうにも見えちゃうのは、きっと気
の迷い。
その後。彼が美味しそうに食べる様に触発されてしまい、チキン
を貰って心配だったサラダもデニッシュも平気で平らげ。
「! !!」
隣では未だに美味しそうに食べる音が響いてて。
「(あ。なんかすっごく今いいきもちかも)」
意識は薄ぼんやりとして来た気がする───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───ライトが一瞬くかのように、意識のオンオフを感じた。
「(………はえ?)」
意識の半覚醒を自覚。次に状況。今自分は瞼を閉じてるので、お
ぼろげな意識ながらもどうやら今一瞬眠ってしまっていたらしい
事が分かった。
さて次は寝る前の記憶を手繰ろう。今思い出せる一番古い記憶か
ら思い出すと。確か自分は眠れずに一夜を過ごしそのまま学校に
来て、なぜかウェアウルフの彼と一緒にお昼を食べる事になって
しまって、しまって……。
「!」
“カッ”と見開いた視界は、何故か横になった世界と建物。いや
これは逆だ、世界じゃなくて自分が横に成っているのだ。でもも
っと重要なのはそんな状況で何を、一体何を自分は“まくら”に
しているかじゃない? 恐る恐る首を捩り、視線を上に持って行
くと。
「んあ? ああいか?」
骨を咥えぼーっとしていた彼が、自分の下。膝上での感触に気が
付き、顔を傾け声を此方に落とす。自分は心底冷静に───いや
ムリ。
「うん」
ビックリするぐらいしっとりと、そんな声が出るんだと言う位穏
やかな声で返事をしてしまった。二度と思い出したくない声の出
し方だったと思う。いやもう今忘れた、忘れる!
と言うか心臓が爆音で鳴り響く中、顔を直ぐに背けたので反応は
見れなかった。……変だと思われてたら。考えるだけで死ぬほど
顔が熱い。
「! !!」
自分が起きた事を確認した彼は、咥えていた骨をバリバリと食し
て行く。頭上、からちょっとずれた辺りから音が聞こえるので間
違いない。まさか自分が寝ていたので、気を使って食べなかった
と言う事だろうか。いやもうそれしか考えられないでしょ。
「(ああでも何故膝枕? 何時自分は寝てしまった?)」
答えは彼に聞けば分かる。なのに聞けない。互いに今の事へは何
も言わず。黙って少しの間を置いてしまう。
この間が、そして取った睡眠が、自分に正常な思考を取り戻して
くれる。
そもそも。今朝から自分には全く明瞭な意識は無かったのだ。当
然でしょう。だって徹夜してるんだから、自分。睡眠が圧倒的に
足りてないし、徹夜してた事もなんなら忘れて学校来てるから
ね、自分。
そんなだからお手々なんて繋いじゃって。
そんなだからお昼ご飯を一緒にとか、お肉にも平気で齧り付いた
りもしちゃった訳で。大口開いて。
だからお、お、お膝枕なんて事もぉ! ぁぁぁああ顔が熱い、自
然と両手で顔を覆って悶えるしか出来ない。
「何してんだ?」
奇行を尋ねられるも。
「……なんで」
「?」
「なんであのお店、入らなかったんですか?」
質問に質問を返してしまう。
意識は未だ明瞭には程遠い。けれど思考は既に冴えている。自分
は馬鹿でも、周りの空気が読めない訳でもない。何時だって周り
からの干渉を避けるために、周りを意識してたのだから。自分の
範囲と環境を。
「それはだから気分───」
「正直な話が聞きたいんです、今、私はッ!」
それでも今の自分を測りかねていた。
何だ。自分は一体何を言おうとしてる? 彼から何を聞き出そう
としているの? と言うか今力んでたのに、何で語気そんな柔ら
かくなっちゃうの? まるで駄々こねる子供、すねた子供の様。
勿論心の片隅では思ってる。聞き方も態度も酷いって。でも、そ
れでも今私は何かを聞きたかったんだと思う。そして、答えてく
れるとも思っていたらしい。起こさなかった彼なら、気遣いので
きる姿を見せた彼ならと。
「───何か。何か今日のティポタは疲れてる様に見えたんだ。
それとヒトが多い所? を何時も避けてるっぽかったからな。き
っと群れの近くが苦手なんだなーって」
「(あぁやっぱり、やっぱり彼に気が付かれてたんだ)」
半覚醒だからか、意識が少しずつ薄れて来るのを感じた。現実と
夢との認識がぼんやりとして来たからか。
「おまえさ。自分、私に可愛げがあるとか思ってるの?」
意識と共に緩んだ感情から言葉がそのまま出て行って、言って直
ぐに後悔を感じる。今まで感じた種類とは違う、未知の後悔。
彼と話してると、側に居ると、ずっと“イライラ”してしまう。
その“イライラ”が同仕様もなく自分を狂わせる。
「今のは───」
「いっぱい思ってる。可愛いだろ、ティポタは!」
「───」
何度此方の息を詰まらせたら気が済むんだろう。だけど、今度は
言葉が出せるらしい。
「───薄々分かってたと思うけど、本当の自分は話し方だってこ
んなだからね?」
「? 何かダメなのか?」
「いや、だから、さ。もっと可愛らしい話し方のが、良い、とかあ
る、じゃん……」
「一度も気にした事無いな」
ああなんだ。
「好みがない。ぶっちゃけ誰でもいい系って事?」
「いや! 好きになったヒトがオレの好みだから!」
あたままっしろ。なにいってんだこいつ。
「それにどっちの話し方でも何でも、ティポタが話せば全部可愛
いと思うぜ、オレは」
「……うるせぇ」
我ながら“ドスの抜けた”うるせぇだった。
「はぁー……。あんな突然の告白で、今こんな事を聞くこと自体
馬鹿で巫山戯てると思う。我ながら」
「おお?」
一呼吸の間を置いて。頬も耳も目も熱くたって知るか知るか。
「ほん、ほんとに私が好き───なの?」
「おういまん所好きだ」
「……今の所かよ」
「おお。だってこれからもっといっぱい一緒に居て、そんで互い
を知ってくんだろ?したらもっと好きに成れそうだ。そんでオ
レももっと好きになってもらいてぇなぁ」
心臓が煩いはずなのに。彼の声と言葉は全部自分へと入ってく
る。
「……知るか。もう、もう良い。また少し寝るから、だから…
…まだ膝は貸して」
「良いぜ」
快諾する彼へ意識を手放しかけた自分が“ボソリ”と。
「………自分も負けないくらい好きだし」
「! 今また好き成っちまった!」
彼の腹に顔を押し付け。
「…………るせぇ」
心臓は相変わらずだけど、もう耳障りに煩く感じない。目も少し
潤んでしまってるけど。気分は、気持ちは、心地はずっとずっと
良い。
だからもう少し。もう少しだけ此処で寝ていようと思った。寝れ
ない程悩んだ悩みは解決してない。けれどそれでも。
今は安心して眠れる気がしたから。
魔法学園の、迷路のような建物群で。人気も無い路地裏。長椅子
に座るウェウルフの膝上には、頭を載せて腹にしがみつく女子生
徒。少女が滲ませた雫は、誰にも知られず。銀色の毛にひっそり
と拭われて行った───
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