第十三話 緋色

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第十三話 緋色

 ───空が少し茜色に染まりだした頃。都市では元気よくと、互  いの姿が見えなくなるまで別れの挨拶を言い合う子供たちの声が  響き、赤レンガ様式の家々からは夕食の煙が煙突から立ち昇り出  す。匂いに、声に、誰ともが少しの笑みを浮かべ、夕日がそれを  微かに照らしている。  明日ねと別れの。ただいまとお帰りの。そんな穏やかな時間。  自分から意識を手放したので、今度の目覚めはぼんやりとはして  なかった。二度寝何てしたのはどれくらいぶりだろう? 何て考  えながら、ベンチの上で寝そべっていた体をゆっくり起こす。 「……」 「!」  起き上がって見れば、自分へ膝を貸してくれていたウェアウルフ  の彼は、静かに寝息を立ててた。食べた後の睡魔にやられたの  か、それとも暇で眠ってしまったのか。どちらしても。 「(起こさないでおこう)」  自分を眠らせてくれ、更にまくらにまで成っていた彼を、叩き起  こしたりはしない。  ベンチの背もたれに体を預け周りへ視線を動かす。  辺りはすっかり夕日に飲まれていて、側には寝る前食べていた自  分たちの昼食が、ゴミと返却物と分けられ綺麗に纏め置かれてい  た。自分の分まで片付けられていたので、彼が起きたらお礼を伝  えないと行けない。 「はぁ(しかし、正気なの?自分)」  二度寝のお陰で完全に正常な思考と精神を取り戻せば、今日の出  来事が思い返され、時間差で感情が押し寄せてくる。取り乱しは  しないけど、顔を手で覆ってしまう。顔に触れると少し熱かっ  た。  今日を振り返れば酷い。ありえないほどに酷い有様を晒し生きた  なと思う。教訓があるとするなら、徹夜はしない、だろうね。 「(チキンに齧り付いちゃって、お手々繋いでお昼ごはんまで一緒  にって。……これじゃ本当に本当なカップルみたいじゃない。い  やカップルなんだけどさ)」  ああ全く、何をしているんだか自分は。  自分の事は自分が一番分かってると思ったけど、意外にそうでも  無いらしい。それはここ二日で嫌と言うほど分からされた。 「(だとしても自分の中にある好意に気が付かないってどうなの  よ)」  とち狂って告白して、後になって冷静に考え、それで認めてしま  ったけれど。自分は彼の事が好きらしい。  自分にとって恋愛、恋人関係、そう言うのは全部よく分からな  い。経験が無いし授業で取り上げられる事も無いのだから。普通  の学校に恋愛の授業はなかった。  分からない、分からないなりに、知識で恋愛と言うモノを考えて  みる。  恋愛とはまず相手を気になり、親密になると興味が好意へと変化  して。自らが好意に支配されると相手を得ようと行動しだし、互  いの気持ちを確かめ合えば───ゴール。つまり告白して恋人関  係は成立。これが恋愛のシンプルなモデルケースだと思う。  ではと自分の場合を考える。  自分は彼が好きで、彼も自分の事が好きらしい。信じられない告  白をして、信じられない事に成功してしまった。何故惹かれたの  かは分かってないけど、一つ単語が浮かぶとするなら一目惚れ。  気に入ってる所は沢山ある。まず銀色の毛並みに、会話をしてみ  ると意外にも理性的で。身長は大きいけど何時も喋る時少し屈ん  でくれたり───やめよう。顔から覆った手のひらに伝わる温度  が上がってきている。  ……恋愛と言うのは、告白をすれば、好きと言ってしまえば終わ  るモノだと思ってた。後は何とでも、どうとでもなるモノなんだ  と。でも実際は全然違った。  自分にまともな途中が無かったにしても、恋愛に疎いとしても、  もしかしたらと考える。もしかしたら、もしかしたら恋愛と言う  のは、ずっとずっと続いて行くモノなのかも知れない。  そう考えると何故かちょっと、ちょっとだけ良いモノに思えた。  ふと。顔を隣へ向け、指の隙間から“チラリ”と覗く。 「………」 「(静かに寝やがって。……何かイラつくから寝顔撮っとこ)」  腕を組み頭を少し下げ眠っている彼からちょっとと体を引いて、  PQを構え、画面の中に被写体を捉え写真を取ってやる。シャッタ  ー音が小さく辺りへ響いた瞬間。 「!」 「ッ!?」  閉じていた彼の瞼が一気に開かれ、琥珀色の瞳が此方へ鋭く向け  られた。それに驚き、更に上半身を引いて距離を稼ぐと言う、無  理な体勢だったので。僅かな驚きでバランスを崩してしまう。 「(しまっ───!)」  体が後ろに倒れベンチから落ちてしまう。と言う所で。 「おっと」  逞しい彼の腕が素早く此方へ伸び、間一髪の所で自分の腕を掴み  支えてくれた。落ちそうな体勢そのままに。 「大丈夫か?」 「ムリ。好きかも(大丈夫です)」  言語機能に重大なバグを確認。 「ん?」 「いや、だいじょうぶ、大丈夫です。はい」  あっぶねえ。くそ、好意を隠すってのは難しいな!  心内で葛藤しつつ彼に腕を引いてもらいベンチの上で、体勢と息  を整え。 「ごめんなさい。起こしちゃって」 「いや。聞き慣れない音が……ふぁ~ふッ」  起こしたんだろうなぁ、これ。何やってんのさ自分。  反省を心で誓い。 「おはようございます」 「……おはよう」  口をパクパクさせる彼。自分は手にしたPQを、写真を保存して仕  舞い。 「あの、寝る前に話した事、なんですけど」 「???」  寝ぼけ眼でよく分かってない様子。表情の機微なんて分からない  から確証無いけど。でも言っとこう。 「ヴォルフ君の側だといい子な自分を保てない。素が出るど頃か自  分の知らない自分まで出てきちゃうんです。今さっきみたいに」 「……」  静かに聞いてくれる彼。息を整えれば、声はもう震えてない。 「でも、それでも良いってさっき言ってくれたよね?」 「おお」 「だからもう自分はこのまま、このままで行く事にしました。少な  くともヴォルフ君と二人の時は」  返事は聞かない。言わせる隙きも与えない。 「可愛く、は約束できない、けど。少なくとも好かれる努力はす  る、から。だからその、す、す、好きだから、好きでいさせろ…  …よ」  一番言いたい、伝えたい事だったのに。自信も無く“ボソリボソ  リ”と言ってしまう。それでも聞こえただろうと思うと、急に耳  が熱くなる。自分は再び顔を片手で覆い隠し、腰を曲げて逃げ  る。 「(ああもうホント、なにやってんの自分はさあ!)」 「惚れた」 「は? 今の何処にそんな要素あった?」 「ティポタが一生懸オレと向き合おうって姿は、オレにはスゲー良  いモンに、魅力的に見えるんだ」 「(何言ってんだコイツ、何言ってんだコイツ、何言ってんだコイ  ツ!)」 「あ、もう惚れてるんだから、もっかい惚れたって言うべきなの  か?」 「~~~~知らんッ!」  顔を上げる事はできない。認めた、好きを認めたとしてもさ、納  得をさせたとしたってさ、割り切るって言う事はとても難しい  よ、こんなの。  好きなヒトに好意を口にされると、顔が熱くなるなんて。好きな  ヒトに好意を口にする事が、こんなにも勇気がいるなんて。  こんな事は今までの勉強じゃ分からない。誰からも教えてもらっ  てない! これが生の感覚って言うのなら、これが恋だ愛だなん  て言うのなら!  恋は何て苦しくて、愛は何て重くて。それなのに抱きしめて手放  し難いと思わせる、何て暖かい感情なのだろう。 「はぁ……はぁ……」 「?」 「癪だけど、自分もお前を可愛いって思うらしい」 「カッコいいじゃなくてか!?」  遠くを見詰め口をだらしなく開き、ショックを受けてるらしい  彼。狙ってんのかコイツは? その姿がまた自分の呼吸を見出し  てくるって言うのに。ダメだ、今の自分には彼の全てが愛おしく  思える。重症だこれは。  重症と自覚しながらも、ショックを受ける彼の姿を少し鑑賞させ  てもらい、彼がショックから立ち直る間に自分も心を落ち着け。  二人でゴミを片付けバスケットを返却しに向かい。そのまま校門  へ向けて歩き出す。 「今日は見学できなくてごめん」  自分が昼寝をしてしまった所為で、午後は見学を出来ずじまい。  その事を彼に謝罪したのだけど。 「見学は明日でも出来るから気にすんな。それにああしてゆっくり  過ごすの、オレ嫌いじゃないしな」 「……そうかよ」 「ティポタどうだ?ああ言うの」  突然のキラーパス。 「……………全然全く嫌いじゃない」 「だよなぁ!」  思考がキラーパスを止めようとして、何故か自ら盛大にゴールを  決めた。くそが。  などと。二人で雑談を交わし歩く中、校門への道が近付くに連れ  ヒトの数が増えて来ては、一瞬だけ足を止めてしまう。 「?」  止まった此方を見ては“どうした?”と言った様子のウェアウル  フ。このまま並んで歩けば、それは多くの生徒に目撃される事に  なるだろう。良いのか?  何て。ほんの一瞬だけ考えが頭を過ぎっては。 「何も無いよ。行こ」 「おお」  自分は人目を気にして生きてるし、人目を気にしないで生きてる  ヒト何て一人も居ないと思う。周りの目が気にならないほど達観  も、自信にも溢れて無い。でも今それを気にして、尻尾を振って  歩くコイツの隣から遠のくのは、違う。違うし嫌だった。  好きな奴の側には居たい。……おお。 「は。認めると案外簡単なのかも」 「?」 「ううん。今のは独り言」  この恋愛って言う感情、関係の付き合い方は良く分からないけ  ど、認め、納得してしまえば後は理解を追いつかせるだけなのか  も知れない。以前ほど視線は気にならないし、今の一瞬以降気に  する事も無いと思う。それに。 「帰り道って何処までです?」 「あ? あぁー……。ティポタと一緒の方角だぜ」 「ウソ吐け。前に自分とは別方向から来てるの見てるからな」 「バレたか。実は家前まで送りたかっただけなんだけどよ」 「ッ。い、一応理由を聞いてやる。何で?」 「そりゃあティポタと長く一緒に居たい、一緒だと楽しいから、こ  の時間を長くするためになどうしたら良いかなって。そう考えて  だ」 「───あッッッそ」  ほらこうして。声が上擦ったりさせられて、まるで他の事を気に  する余裕がなくなってしまうじゃない。コイツの一言で胸が苦し  い、嫌じゃない苦しさってなんだんだろう、ホント。 「まあバレたからには格好悪いしやめとくぜ」 「は? ダメなんて言ってない、全然これっぽっちも言ってないの  に。そもそも格好悪いって何だ? 送れよ、送ってよ」 「お? おお、そっか! なら送るぜ」  よし。何とか自然に、ごく自然に見送らせる流れに持っていた  ぞ。……いや馬鹿かな自分ッ!? 今のじゃ期待してます感丸出  しじゃない!? て言うか言い方酷くない!?? 「(チョロくなるな、チョロくなるな、チョロくなるな!)」  心で戒めの言葉を復唱。 「デンシャってヤツ乗るんだよな? オレ乗るの初めてだな。ワ  クワクしちまう」 「───そなの?」 「おお。住んでた所には無かったしよ」 「へぇー……」  意外な事を彼から聞きながら、自分達二人は学園を後にし。駅  乗り場を目指し歩き続ける。 「まあ電車の無い町や国も多いらしいですからね」 「ビックリしたぜ! だって鉄の塊が街中走ってるんだからよ」 「ふーん。生まれた頃から側にあったから、自分には分からない  感覚かも」 「知らなかったらビビるぜ。オレは話に聞いててビビったから  な!」 「(自慢気に言う事か? ビビったとか男子は絶対言わないと思  ってた)」  話しながら歩くと目的地って言うのは驚くほど直ぐ近くにある  物で。直ぐに駅へと到着。  駅の改札を通ろうとしては、何故か彼が辺りを見渡しながら。 「どっかで乗る為のモン、買うんじゃねーのか?」 「そこは知ってるのね。大丈夫、この都市の住人と学園関係者なら  運賃はゼロだから」  この都市の全区画をぐるっと通る列車。利用者は多く、大変便利  な移動手段なのだけど、乗車料はゼロ。  もしも運賃が掛かるなら見送りなんかさせないし、せがんで無  い。いやせがんでなかったけどね全然。 「マジか」 「マジよ。他の場所だとこう言う乗り物って運賃掛かるらしいけ  ど、此処は住人に運賃を課さないらしいの」  言いながら改札を通り二人で乗り場へ。  辺りを“キョロキョロ”してる彼と待っていれば、路面列車の乗  り場で『来るぞ、来るぞ、来るぞ!』とかカワ───物珍しくし  ているウェウアウルフと一緒に列車へと乗り込む。  車内で燥ぐ事は無かったけど、椅子に座りながら“ソワソワ”辺  りを伺ったりして居た。  そんな彼と列車内の広告について雑談をしたり、列車を下りてか  らも今日食べたお昼の事とか話していると。“あっ”と言う間  に、本当に驚くほど“あっ”と言う間に移動は済んでしまい。気  が付けば自宅の前へと到着してしまった。  こんなにも移動が早く感じられてしまうのは、今日が初めて。 「列車はすごかったけど、乗ると何か気持ち悪いんだな!」 「笑いながら言うな。それは乗り物酔いって奴かもね」 「でももう一回乗りてぇんだよなぁ」 「……吐くなよ?」  等と適当な話も。ゆっくりだった歩みも。 「んじゃ。また明日な、ティポタ!」  これでお終いだ。 「待った!」 「?」  帰る彼の、その腕を掴んでは。 「レ、レ、レインの交換とか、しとかないッ!?」 「……」  反応は渋い顔。必死過ぎたとか、勘違い女とか色々な単語が頭を  駆け巡り。 「あぁあやっぱ───」 「“レイン”ってなんだ?」 「───は? まさかレインを知らないの?」 「知らねえ。知らないとマズイか?」  種族の違いはアレど、学年が同じって事は精神年齢的には近いは  ず。となれば世間が言う“今の若者”って奴で間違いないわけ  で、それでレインを知らないのはマズイだろ。家族以外で全く使  用しない自分でも、それでも多用してるのだから、かなり一般的  コミュニケーションツールだと思う。世代関係なく使われてる  し。 「なあなあ。マズイのか?」 「!(いかんフリーズってた)」  勇気を振り絞った反動を、一度大きく息を吸い吐いては整え。 「えっとですね、レインって言うのはPQで入手できるアプリの一  つで───」  レインを知らないらしい彼に軽く説明。 「なるほど。んで何でそれが必要なんだ?」 「だってレインがあれば好きな時に声───連絡。連絡手段として  お互い利用するのが良いと思うんです。全然他の思惑は無い、無  いからね」  言い訳、誤魔化しのレベルの低さに言ってて恥ずかしくなってき  ました。 「別に必要ないならいい、けどさ」 「なるほど。これがあれば好きな時に、好きなティポタと話せるん  だな!」 「───ソウデス」  思考が一瞬飛ぶ。あッッぶな。 「……うっし速攻入れたぜ。んでヘルプ見ながら使いこなせば良い  んだな?」 「エエハイ───あ、連絡に必要な自分のID、渡しておきます。  それとい、いきなり通話は早いので、まずはメッセのやり取りか  らで」 「? ティポタの声聞きてえけど、オレ」 「だ、ダメ! もうちょっと使い方とか覚えてから!」  ぶっちゃけ今も家で悶てるのに、彼の声を好きに聞けるってなっ  たら、自分がどうなってしまうかが心配。  互いのレインIDを交換しては。 「確かにそっか。んじゃあ後でメッセージ? を送ってくれよ」 「? 確かめるなら今でいいんじゃないですか?」 「だって帰り道、何時ティポタから連絡くるかワクワクしながら帰  りたいんだ」 「──────分かった。分かったからもう、もう喋んな」  心臓が“きゅ”っと成りすぎて消えてなく成るかと思った。危な  い、危なすぎる。何だその顔でその理由はッ! 「? !!!」 「っがうぞ、違うから!」  喋んなと理不尽に言ったにも関わらず、何をどう解釈したのか自  分のPQを見ては察したような表情で遠のきつつ。最後此方へ。 「! ! !!!」 「違うって───ああもうくそ!」  元気よく尻尾と腕をぶんぶん振りながら去って行く。あれじゃあ  まるで、まるで自分の方が楽しみにしてるみたいじゃない。全ッ  然そんな事ないのに。無いのにッ! 「はぁ。……」  離れる彼の姿が見えなくなるまでずっと睨みつけ、家へと振り返  り。門に手を乗せ。片手でPQを確認、IDを確認、も一回IDを確  認した所で。 「あぁめっちゃ期待してるぅぅぅうう自分!」  っと気が付いた瞬間足から力が抜け。 「て言うか彼女面、彼女面ぁぁぁああああああ!」  PQ片手に自宅前で項垂れてしまう。  座り込む女子生徒の心と頭には、今日の出来事への理解が、波と  成って押し寄せて行く───
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