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第十四話 結晶成長
───玄関前で崩れる様にへたり込んで居る女子生徒。彼女は暫
く“プルプル”と震えていたかと思えば、“スクッ”と立ち上が
り淀みない動きで門扉を開けては閉め、玄関扉から家の中へと入
って行った。
思い返しで心にダメージを受けたけど。立ち直れない様な深刻な
タイプのモノじゃない。例えるならオシャレだと流行るモノの、
使い方や扱いを間違え、それをあろう事か家族に指摘されてしま
った時の様な。もしくはゴシップを鵜呑みにしては、一人試して
後悔した時の様な。恥ずかしいと言う意味では一緒の、つまりは
心を苛む羞恥。
「はぁ」
最近溜息が多い気がする。胸が苦しいと感じては出て来る癖に、
出した所で胸の苦しさや締め付けは一切解消されない。無駄息。
「あぁぁ~……」
無駄息を盛大に溢しながら、家様の靴に履き替える事もせず玄関
で座り込んでしまう。胸の苦しさって、胸の苦しさってなにさ!
そんな事を冷静に考えてしまう今の自分が信じられない。考える
事何て毎日決まってたし、考えるべき事も決まりきってた。なの
に今じゃ。
「……」
座り込んだ片手にはPQ。画面を操作しては。
「(何て送ろうかな、アイツに)」
アプリを開き異性へと送りたい、送るのに相応しい文の事を考え
ている始末。ホンット信じられないよね。過去の自分は今の自分
を見たら別人だと考えるだろう。
ああでもホント、何て送ろうこれ。長くとも短くとも、どんな
モノであろうと、変と思われるメッセージだけは、それだけは送
る訳に行かない。……絶対ね。
取り敢えず一番無難なモノで、今回はテストを兼ねているのだか
ら。
「(“届いてる?”っと。こんなので良いでしょう)」
送信のアイコンへ指を伸ばしては───止まる。止まってしま
う。指を止めたのは頭に浮かぶ“本当にこれで良いの?”と言う
疑問。初めてのメッセージがこれ良いのかと、頭が訴えてくる。
いや、いやいやいや。
「(良いでしょ別に。流石に乙女チック過ぎません? その考え
方はさ。何、“初めて送るメッセジーが~”って。はいはいもう
認めた納得したからね、さっさと送信送信っと)」
自身に呆れ、流れ作業の様に感情を流してみても。できたのは振
りだけ。強がりで自分の指は送信のアイコンに触れられず“ぷる
ぷる”と震えるばかりで、一向に送信ボタンへタッチでできな
い。
「(ぐ、ぐぉ、ぐぬぁ───ッダメだ!)」
知らず知らず自分は息を止め力んでいたらしく。タッチを諦める
と同時に大きな息を吐いては、不足した酸素を肺が求める。
吸って吐いてな呼吸を過分に行いもう一度とトライしてみるも。
「………くぅッ!だから何でよッ!」
情けない声が出ちゃうだけでやっぱり送信アイコンをタッチ出来
ない。
「冷静に、冷静に、冷静になるのよ」
考えを口に出すのは重要。出力と入力を使う事で認識を高める事
ができるから。勉強の時良く使うテクニックだけど、だけにしか
使えない物じゃない。学んだ知識や技術と言う物は常に応用、転
用、起用してみるべき。すれば違った使い方や効率の緒を見つけ
られるからね。
そうして冷静になるべきと自分へ言い聞かせ、一旦送信を見来る
と決めれば、頭と心はビックリするぐらい平常運転へ戻ってくれ
る。
「(何故タッチができないか。それは恐ろしい事に自分に芽生えた
乙女心的なモノが、こんな短文で、しかも初めてのメッセージの
やり取りにしていいのかと。少女じみた疑問を提唱しまくってい
るからで。何が恐ろしいって、自分がそれを無視できないっての
が一番のホラー)」
確認即時、短文返信。それが自分のレイン使用のスタイルだと言
うのに。悩む自分の脳裏には“恋は盲目”とか“愛を知ってヒト
は変わる者”だとか。過去妹が幾度もリビングに置きっぱなしに
していた、自身の興味を全く惹かない女性誌の内容が、最近は良
く浮かぶ。
片付ける際に時たま、暇であったり気の迷いで内容を確認する時
もあったけど、直ぐに時間の無駄と後悔したし内容を鼻で笑いも
した。そうして現在まで記憶から消滅、消去していたとそう思っ
ていのだけど。どうやら自分の中に居たらしい乙女心と少女心
が、目ざとくも保存していた模様。
今更のフィードバックにウンザリな思いです。
「(……いや。ま、まあ)」
乙女心と少女心の圧に屈する訳でも、警鐘に耳を貸す訳じゃない
のだけれど。ないのだけれど。
「(やー……っぱり。家族とのやり取りとは違うからね。うんう
ん)」
打ち込んだメッセージを消去。
事実、そう事実を確認するならば、これは何時もの、九十九パー
セント使用率な家族とのやり取りじゃない。勝手が違って当然。
「(そうそう。なら家族としてのやり取りをするには───)」
其処まで考え。一気に恥ずかしい言葉や妄想が頭を駆け巡り、思
考が止めどなくなる直前。
「ガガガッ!」
まるで痺れた様に“ビクンッ”としては、知性と品性を知る生物
としては元より、純然たる女子としてあるまじき声、奇声を上げ
固まる。ギリギリアウトで形態素とも呼べないそれを吐き固まる
これ、これは自分の心や精神を守る為に生まれた防衛措置。名付
けるなら思考の強制終了行動。……別に心も精神も患ってない。
この行動は不意に過去の黒い歴史を反芻してしまった時や、余り
にも痛い想像をしてしまった時など勝手に起動する。主に自分自
身から自分を守る為に。誰にも見せられない醜態。
優秀な点はヒト前で起動する事が無い事で、難点もまた同じ。だ
から今のは自分から自身を守る為だけの行動だったのだけれど。
「───はぁ。危ない危ない」
とんでもない想像で自分を殺す所だったね、自分。想像、いやあ
れは妄想と呼ぶべきかも。乙女心がなんだ、少女心がなんだ。頑
張れ自分。ビビるんじゃない!
「はッ。そうよ、此処には顔も声も無いんだから、メッセージ何て
のは簡単簡単」
文字で情緒は伝わらない。文字に緩急は付かない。ただ視界から
読み取り理解するだけの物。感情も情景も、抑揚だって文字に見
える訳が無いんだから。
「えーっと。取り敢えず無難に今日の出来事とかを絡めて、それで
定番の感謝とお礼を乗せれば良いんだしょ?」
呟きを垂れ流したって、噛んだって気にしない。気にしてられな
い。勢いで文字を消去した場所へ、新たな文をまた勢いで綴る。
『今日はヴォルフ君とお昼をご一緒できて、とても嬉しかったで
す。それとお膝を貸してくれてどうもありがとう。お陰でとても
気持ちよく寝られました。また今度、お昼ご一緒しましょうね。
好き好きの好きを込めて』
っと。感謝と、お礼と、さり気ない次回の約束。うん。
「(だッッッッれだよこの文章の女子はぁぁぁああああああああ
ああ!)」
自分が思ったのと出てきた物が完全に違う。最後の所とか特に。
文字に情緒が載ってるし、文章から抑揚まで読み取れてしまう。
確かに、確かに勢いで今書いた、打った、したためました。だと
するならこれが自分の生の感情って事? こ、こ、これが自分の
本心だと言うの?
見てるだけで目が溶けそうで。読み込むだけで脳がバグる。声に
出そうとすれば喉が火傷してしまいそうな。これが?こんなのが
です!?
こんな物が自分から出てきたかと思うと、ありえないと全否定し
たいと気持ち、気分、気概がこれでもかと荒れ狂い。頭を抱えさ
せる。
荒れ狂う情緒の嵐。けれで台風にも目はあり。
「……いや。これで送るのも逆にありじゃないの? だって自分の
中から出てきたにしてはまあ、可愛らしい文章だと思うし。素
っ気の無い物よりは全然───」
目にいつまでもは留まれないのもまた同じ。
「───ッんな訳ないでしょ!? 普段の自分がどうとか、話し
方とか態度とかの話をして。うまく飾れない何て言って、あんな
にヒト前でやらなかった素まで見せてこれはああああああ───
~~~~ッ!!!!」
PQを振りかぶり大きく立ち上がっては。
「……ぅぅ」
何もせず座って“ガックリ”と項垂れる。
自分の喋り方は綺麗じゃないと思う。分かっているなら直したい
けれど、代わりのお淑やかで可愛い言葉使い何て、分からない。
当たり障りのない対人用の被り物を付けすぎて、本心を心内で呟
きまくった今や、そんなのは全部縁遠い喋り方となってしまった
んだ。自分には何て可愛げが無いのだろう。自分には何故淑やか
さが足りないのだろう。これでは、これでは嫌われてしまうかも
知れない。
「………ぐずッ」
目頭が熱くなり、気が付けば一滴の涙が自分の目からPQの画面に
落ちていた。可愛いが分からなくて悔しいのか、文一つ送れない
自分が情けなくてなのか。良く分からないけど、涙は零れてしま
った。
そんな頭に浮かんでくるのは今日の出来事。自分が彼へ一方的に
自分と言う者を示した、宣言した光景。
骨も噛み砕く強力な顎を持ち、鋭い牙を覗かせる彼の顔。思い出
した光景の中で、彼の長い口が動く。
『惚れた』
顔が笑ってる。多分、きっと、あれは笑顔だったと思う。
『ティポタが一生懸オレと向き合おうって姿は、オレにはスゲー良
いモンに、魅力的に見えるんだ』
彼は笑うと鋭い牙を覗かせてくる。ちょっと怖くて、ちょっとだ
け可愛いと思う。そんな笑み。
「……ふふ」
自分の頬が自然と、柔く釣り上がるの感じた。
恥ずかしいとは感じない。隠すべきとも思わない。ただ、今はさ
っきよりもずっと気分が良い。
「はぁ全く。自分で自分を責めて、貶してどうすんのよ」
ずっと浸って居たい気分だけど、浸り過ぎは怖いとも思ってしま
う。勇気がいまいち足りてない今の自分には、これを摂りすぎた
らダメに成ってしまそうだったから。
恋愛ってのは難しい。楽しくて嬉しいって気持ちが沢山なのに、
同時に怖くて不安な気持ちまで膨れ上がってくるんだから。
何て二律背反を押し付けてくるんだろう。恋愛ってのは。カッ
プルなヒト達は皆こんなにも振り回されてるのかな? 今の自分
では、好きを心で認めるのが限界。態度は変に成っちゃうし、油
断すると直ぐに思考がネガティブに偏っちゃうし。
ああけれど、好きを認められたのなら。
「もっと普通に、ちゃんと考えたモノを送らなきゃ。こんな感情む
き出しのモノじゃなくって。自分の頭で考えて、自分に出来る範
囲で出来るモノを」
勇気は足りてないと思うけど、好きを認める程度にはあって。不
安が出てきてしまう程度には自信も無いけど、けれど未知な事は
何時も怖くて、未体験な事は何時も躊躇してしまうのは当然。大
事なのは怖くても諦め無いで、躊躇っても良いから、少しずつ理
解を深める事だと思う。
悪感情何て生きてれば永遠のモノ。でもあるのはそれだけじゃな
いし、勇気が無いと言うなら今はそれでいいじゃない。今は逃げ
てしまうけれど、いつか勇気が、ただしい素直さが出せる時ま
で、このメッセージは取っておこうと思う。このメッセージは自
分から出てきたモノで間違いないから。
「文章保存───」
明日の自分、或いはもっと先の自分に期待して、目指そうとした
所で。
「さっきから玄関で何してるの?」
「ひゃあッ!?」
振り返ると其処には可愛い妹の姿。聞かねば、確かめねば!
「いいい何時から其処に?」
妹は片手に持ったアイスを一度見遣り。
「何か『ガガガ』とかって声?音? の辺りから」
「───そッ」
思考回路が停止しそう。しないけど。
「珍しいね」
「(言葉が出せないぃ……)」
「この時間の帰宅もだけど、そやって玄関に座ってるとか初めて
見たもん。何時もはもっとロボットみたいなのに」
自分はそんなロボットみたいなの? 妹の目からは規則正しいと
言う事が、まだそう見える年頃なんだろうね。
「ちょっとした連絡ごとで頭を使ってただけだから。気にしなく
て大丈夫」
冷静に場をやり過ごす。流す。流そう。
「……あっそ」
何時ものように。そっけない態度と返事で、興味も無いとリビン
グへ戻ろうとする妹。今はそう言う時期だからね。お姉ちゃんは
全然気にしないよ。分かってるし、分かってるので理解を示すだ
けです。
さて。可愛い妹から視線を自分のPQへ戻せば、保存しようとして
たメッセージに『送信済み』の表記。んん?? んんん???
「───」
瞬間理解。感情遅延。着弾起爆。
「───ァァアッ!!!」
「え!?」
立ち上がり現実を、しでかしてしまった現実を直視。
「あの、ほんとうに大丈、夫?」
妹の声に反応も出来ないほど。
「……ァ、ァ、ァ」
「何時ものロボットの方がまだ怖くないよ、ねえ、ちょっとって
ば」
「……ァァ」
感情と考えが大爆発を引き起こし。心と頭が完全にショートして
しまう───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───玄関で可愛い妹に心配された時より、時間は進んで夕飯
時。自分の砕けた自我を取り戻せたのは夕食の時間に成ってから
で、ほとんど感情も自意識も無くした状態から、着替えや食器を
並べるなどの事はしていたらしい。恐るべし習慣行動。
そして。
「……。……」
家族四人食卓を囲む中で、自我を取り戻した自分は“じっ”とテ
ーブルに置いたPQを凝視しては、ご飯をパクパクして居た。
「エルテちゃんエルテちゃん。ティフォちゃんは一体どうしちゃ
ったの?」
「知らない。PQ見てるから連絡待ちなんじゃないの? 後、ちゃ
ん付けはもうやめてって何時も言ってるじゃん」
「えー。可愛いのに?可愛いのに?」
「思ってるの母だけだから」
「もう、エルテちゃんまでそんな───」
母親と妹が自分を話題に上げたのを意識の片隅では認識。
変な行動と、怪しいと思われては困るので、PQから視線を外し
て母親が作ってくれた夕食。シチューを一口。ごろっとしたじゃ
がいも、柔らかなニンジン。うん、どれも美味しい。
「だから───」
「だってだってぇ───」
「………」
シチューを食べながら意識を周りに向ければ何時ものように妹が
母親とじゃれ合い。父は今日も昨日も明日も無口。
普通に、平常に、変わらないを繕えば変に勘ぐられたり要らない
気を回させないで済みそう。何時もの様に自然を装う。でも。
「……(あぁぁあああああああああああああああ!)」」
心の中はずっっっっと乱れっぱなしの叫びっぱなしだったり。
できればPQを弄りたいけど、食事の時に弄るのはマナー違反。そ
れにこの時間は家族の時間と昔から我が家では決まってる。なの
で弄らない、と言うか弄っても仕方がないしね。
「(そう仕方がない。だってもう、もう、もう~~~~~!)」
あの、あの、あのメッセージは送られたしまったのだから。
「(クッッッッソ!)」
手に力が入り木のスプーンが“ミシミシ”と音を立てた。
過去に飛べる魔法があるなら戻ってやり直したい。そんな力が魔
法にある訳無いし、あってももうそれは魔法じゃない。無いモノ
で物を考えては行けない。そうだ、どうすべかを考えないと!
あのメッセージを送ってしまった事実は既に確定した“現在”な
のだから、講じるべきは戻れない“過去”ではなく“未来”でし
ょ!
で。何をどうやって講じればいい? メッセージをもう一回送る
とか? 例えば“さっきのメッセージは間違い”って? いや既
に目に触れ認識されてる時点で意味の無い物よそれ。じゃあ別の
話題を振るとか? ありかも知れない。授業の事や学園の事で分
からない事があれば教えるよって。そうだ、何も知らない体で話
を振って流してしまうおうか───と言うかさあ。
「ヤな物はヤなの!」
「そんな事言ったらママ泣いちゃうわよ?」
「(なッッんで返事が来ないのよ!!!!!!!!)」
「「ひゃ!?」」
“ドンッ”と少し強くテーブルに肘を叩きつけては、スプーンを
握り込んだ手を、手の甲を額に当て歯を食いしばる。
「(既読なのはもう分かってる。見たから。設定いじってないら
しいから此方にも見えてるからね。で?で?で? 何で返事が来
ないの? メッセージ楽しみにしてるとか言ってたのに。ああは
いはい。口だけ、口だけだったんだ? 良いし全然、全然此方は
楽しみでも何でも無かったんだから! 変と思われて返事を返さ
れなくたって、なくたって───~~~~~ッ)」
食いしばる歯が“ギリギリ”と音を上げた気がする。そんな自分
へ。
「ティフォちゃん。お料理に何かあった?」
「はい? 何で?」
妹とじゃれていた思われる母親が、意味不明な質問を飛ばして来
た。何の事か分からないと訴えると。
「なんだかお顔が険しい、いいえ今は悲しい、かしら? そんな
お顔だったから、もしかしてお野菜に芯でもあったかしらって」
しまった。しまったしまったしまった。いつの間にか平静の布が
取れてたらしい。最低な誤解を解かないと!
「いえ。母の料理は今日も凄く美味しいです。問題ないです」
「そう? それなら良かった」
母親はシチューの様に温かい笑顔を浮かべてくれた。大好きな母
の料理に自分が文句を付ける訳無い。芯だろうとなんだろうと美
味しくいただける自信があるんだから。誤解が解け一安心───
「じゃあどうしたの?」
「そー……れは」
安心安定していた心が“ぐらぐら”と揺らされ。
「どうせスゴイ学園のスゴ~イ事でも考えてたん───」
「なッ!ないッ! 学園で何て、何も無いからね!?」
「「! ……」」
少しの単語にも過敏に、過剰にと反応してしまう。
案の定自分の奇怪な反応に二人を“ぽかーん”とさせてしまっ
た。
母親は少し心配そうに此方を伺ってるな。対処しよう。
「んん。何でもないから心配しないで大丈夫です」
「ほんとうに? 学園で何か嫌な思いして、それで悩んでいるた
とかじゃないのね?」
「無い。無いです」
「ほんと? 嫌な事があったらちゃっんとお母さんやお父さんに
相談してくれる?」
「する。します」
あの学園に通うと決めた時から、家族には必要ない心配は掛けま
いといい子を目指してた。あの学園に通うのだから、きっと家族
は心配するはず。なので要らない心配だとしっかりここは否定し
て見せた。
すると母親は納得してくれた様子で“うんうん”と頷いては。
「そう。じゃあ嫌な事で無いなら───」
安心したと、にっこり笑顔で。
「楽しい事で悩んでいるのね?」
「───」
なんて言ってきた。思わず顔が引きつり絶句してしまう。
天然なのかなんなのか、母親は兎に角鋭いヒトだ。イタズラを隠
しては何故か直ぐバレて、嘘で騙せたと思ったらそんな事も無
い、と。小さい頃からそうだったので今更の事なのに、改めてこ
の瞬間に思い知らされた。あの笑顔も何か確信を秘めたモノに、
怖い笑みに見えて来るし。
「ねえねえ。楽しい事、楽しい事でしょ?」
「う、いや、あの……」
「……」
母の追求に妹の好機、いや催促の視線が突き刺さる。
普段家族に学園での話はしない、しても意味がない話だと思う。
家族に魔法の話をしてもきっと興味を引かないだろうし、難しい
話しをされても退屈なだけだと思う。それなのに、それだとして
も家族に学園の、それもか、か、か、カレッ───の話はできな
い! できるって話じゃないでしょ!
どうしようどうしようと、たじろんで居ると。視界の端で“チカ
ッ”とPQが小さく光るのが見え。
「!!!」
「「早ッ!?」」
爆速でテーブル上のPQを拾い上げて画面を見れば、レイン通知の
お知らせが映っていた。開きたい、確認したい、けど。夕食の時
間の今はできない。しちゃ行けない。
「大事な用事なら」
「「「!」」」
喋ったのは母でも、妹でも、自分でもない。黙々とシチューとパ
ン食べていた、無口で無言を貫いていた父。
「大事な用事なら、確認は早い方が良いだろうね」
久しぶりに聞いた気がする父の声は優しくて、PQを開く事の許可
をもらえてしまった。滅多に喋らない、無口な父が事情を察して
しまうほど、自分はかなり気を揉んで見えたのかも知れない。
許しが出たならもう開ける。開けば母と妹からの追求も逃れられ
る。
「───いや。後で、後で確認します」
「そうかい」
「はい」
父はまた食事に戻り、自分はPQをテーブルへ置く。
幾ら感情がバグり散らかしてても、冷静な思考を乱されたって、
しては行けない事、したくない事を見誤ったりはしない。大事な
家族の時間を台無しになんて、自分は絶対したくない。
「うふふ」
「……なんですか?」
母の笑顔。向けられる方向は自分。
「いいえ。きっと良い事があって、それならママ嬉しいなって。そ
れだけなの」
「………そうですか」
「うん。そうよ」
母は鋭い。なのに、イタズラにも嘘にも騙されてくれる。後で行
けないイタズラ、嘘だっと気が付いて、手遅れだと思っても。
イタズラは大事に成る前に、自分の知らない間に処理されてて、
嘘は嘘と気が付いた言わないで、此方から謝るとお礼を言うヒト
だった。追求は何時だってして来ない。だから何時も鋭いって事
を失念する、させられる。だから……母の事を嫌いになったりは
して来なかった。これからもきっと嫌いにはならないのだろう。
母は静かに笑い、父はもう何も言わず。妹は……ちょっと怪しん
でるけど。とっても大事な、大事な家族の時間が過ぎて行く──
─
「ま絶対ありえないけど。恋バナ系だったら面白かったのにね」
「もうエルテちゃん。それは流石に───」
“カチャン”っと。握ったスプーンテーブルへを落としてしま
う。
「おっと。手が滑りました」
「「……」」
スプーンを拾い上げシチューを食べる。食べる。食べる。誰にも
視線は向けず。誰とも目を合わせず。
「───ウソ!? ウソウソウウソ絶対ウソッ!」
「キャ、キャー! ティフォちゃんティフォちゃん!」
感情のスイッチを、心の電源を落とそう。
自ら感情を切り離す間際、何時もなら追求してこない母の追求
や、母同様妹も鋭いなと思いながら。
「ガガッ!」
「「「!!?」」」
ココロスイッチオフ───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───自室。危険を脱したと思い心を再起動。
「危なかった。大変危なかった」
夕食の間ずっと二人から質問を飛ばされ続けたけど、完全に感情
を切り離し、受け答えの全てを無駄に複雑で曖昧な物で返し続け
た事で、最終的には二人を『『もしかして自分が間違ってたかも
?』』と言う洗脳、錯覚、意識操作を施しておいた。
ホントかウソか分からない程度には誤魔化して、煙に巻く事が出
来て安堵───は出来ない。『『今回は保留』』と二人が呟きあ
ったのをちゃんと聞いてたからね。今後も隙きを見せないよう警
戒しないと。
さて。あっちの問題の次は此方だ。
「(う、うう)」
手に握りしめたままのPQ。この中にはウェアウルフの彼からの返
信が、開いてない返信が入っている。確認しないと行けない返
信。
「!」
部屋の入口から自分の机に移動して。
「……!」
やっぱりとベッドの縁に移動しては。
「………!!」
またまた机に移動。こんな無意味な事を数回繰り返しては、ベッ
ドの縁でやっと落ち着き。
「(よし。開く、開くぞ!)」
PQの電源を、電源を───いれない!
「(だって、だってだって遅すぎるんだよ?返信がッ!)」
操作は別段難しくない。特殊なアプリでも何でもないし、円滑な
コミュニケーション目的でアプリなのに操作難しいとか本末転倒
だもん。だから現代っ子な自分は勿論、既にPQを持ってたアイツ
だって操作に手間取る何て事は無いんだ。
「(もしかしたら、もしかしたら)」
こんなにも返信が遅くなったのには、自分が送った内容が関係し
ているのかも知れない。この考えがずっと、ずっとずっと頭から
離れない。
「(あーもう、ネガティブになるなって!)」
何をするにしてもネガティブな考え感情は足を引っ張るだけに過
ぎない。そうだ、もしかしたら思いの外操作に手間取ったのかも
知れないし、今の今までPQを落としてしまっていたのかも!
……操作に手間取るようなアプリじゃない。落としてたとしても
ターミナルを使えば済む話でしょ。
「(やっぱり内容が、内容に、内容で。いいやでもでも!)」
想像が浮かんでは、否定と肯定が入り乱れ、全ての想像と考えが
最終的にクラッシュ。
「(もう、こんなに考えてどうすんのよ)」
くだらない。感情を動かし過ぎだし、無駄な想像を膨らませす
ぎ。答えは目の前にあるんだ。何より。
こんなにも苦しいなら投げ出しても良い。こんなにも怖いなら逃
げてしまえば良い。
首が、喉が見えない紐で縛られたように苦しい。目頭は熱い。こ
の感覚は好きじゃない。避けれるなら避けたい。逃げたい逃げた
い逃げたい逃げたい。ああ、あああ、あああああ───なのに。
「ぅ!ぅうッ!」
少し前に誓った事で、ちょっと盛れた勇気が顔を出し。メッセ
ージを開かせてくれた。
新規メッセージは一件。それを確認してみると。
『嬉しい!オレも楽しかった! だから、学園に居る時は毎日一
緒にお昼を食べよう! オレ膝丈夫だから昼寝もセットだぜ!
ティポタからのが嬉しくて嬉しくて、嬉しいを伝えられる文
考えるのにこんなにも掛かっちまった! わりい!
後オレも好き好きだ!』
なんて、なんてなんてなんてメッセージを読み終えちゃって
は。
「───」
腰掛けたベッドへ、力が抜けとように背から倒れ込み。
「───ッハ!ッッハ!ッッッハ!」
目一杯、沢山、これでもかと呼吸を行う。もう過呼吸のレベル
で。
目を見開き天井を眺めながら酸素を求める。繰り返しても繰り返
しても足らない呼吸。多幸感、多幸感と言う物なのかも知れない
これは。先程のネガティブ極まり、もう全ていいやモードから一
転、ポジティブ感極まりもう全ていいやモードへ突入。同一に見
えて全然ニュアンスが違う、考え。
「はぁー……」
感情の目まぐるしさに立ちくらみを覚えそう。でもどうしても、
どうしても逃げない。捨てない。手放す何て絶対にできないと、
今思う。
そんな自分のPQが、また光った。
「!」
新たなメッセージ。
『ティポタはこの町にも詳しかったりするのか?』
彼に急いで返信を返す。
『マジか! なら明日町を案内してくれよ!』
そうして数個返信に返信を返し、PQを持った腕をパタリと落
とし。
「ふふ───」
胸に広がっているのは幸せな気持ち。全身を包むかのように暖か
さで。
「好き好きだってさ、好き好き。あは、あはは」
男子が返す返信とは思えず笑ったけど。これってさ。
「いやこれ最初自分が言ったヤツぅぅうううんんんんんん!!!」
叫んだ瞬間ベッドの上で花の様に笑っていた少女は、顔を覆い隠
しごろごろと悶え始め、“ピタリ”と止まったかと思えば、手に
した物を確認し、またごろごろと。そんな事を繰り返していた─
──
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