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その少女には感情が無かった。
気が付いたらこの何も見えない深い暗がりの世界に呆然と立ち尽くしていたのだ。
目が慣れてくると一筋の光が見える。その光の方に歩くと徐々に光は大きくなり狭い路地から明るい世界に出る。あまりの眩しさに目を細め辺りを見回す。
まるで繁華街のような造りの建物が連なっていたが人の姿は全く見えなかった。
建物は廃墟というには綺麗で人がいなくなってそれほど時間が経っているようには思えない。
遠くから潮騒の音が聞こえることから海沿いの街だと推測出来た。ほのかに鼻に潮の香りが入ってくる。
「ねぇ、君はどこから来たの?」
不意に後ろから声をかけられ驚き振り向く。
そこにいたのは黒い短髪に浅黒い肌に白い歯を見せて笑っていた少年だった。くりっとした大きな目がまだ幼さを残している。
「あはは、驚かせてごめん。こんな寂れた街に人が来るのは珍しいなぁと思ってさ。僕はカイト。君、名前なんていうの?」
少女は考えた。
なぜ自分がここにいるのか。どうやってここへ来たのか。
記憶が曖昧で何も思い出せない。
ただ一つだけ覚えているのは自分の名前だけ。
「私は…シュクレン」
「変わった名前だね?」
カイトは満面の笑みで手を差し出す。シュクレンはその手を握ると視線を顔に向ける。
日焼けた肌は活発な感じがした。
「カイトも…変わった名前…」
シュクレンの髪は銀色に輝いており、それに包まれた顔は実に端正であった。深い蒼の瞳にカイトは吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「そうかな?へへ、君はここで何をしているの?これからどこへ行くの?」
シュクレンは考える。記憶を辿ろうとするが明確な答えが思い浮かばない。
「どこか…私の知らないどこか…」
その街は華やかな建物とは裏腹にどこか寂しげだった。人気のない街に不釣り合いな明るい少年カイトは何やら異質に思えた。
「君は旅人さんなんだね!どうりで変わった衣装着てると思った!じきに暗くなるよ?今日泊まる所ないならうちにおいでよ!まぁ、狭い家だけど…」
「…でも」
一瞬シュクレンは戸惑うが突然お腹がググ~といささか間抜けな音を出した。
「ははは!お腹空いてるんじゃん!遠慮しないでうちに泊まりなよ!そして旅の話を聞かせてよ!」
シュクレンは黙って頷いた。
一羽のカラスが上空を飛び、不穏な雰囲気が街を包み込んでいた。
どことなく湿り気を帯びた重い空気が頬にまとわりついていた。
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