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昼食時、逃げるように桂は文芸部の部室にやってきて、一人で小さなお弁当を食べた。
食は進まないし間にため息も挟まりがちだ。どうして自分はこうもコミュ力がないのか。せっかく嵐や千歳が自分のためにと気を使っている人を紹介してくれたりするのにと何度も自己嫌悪する。
「あれ、桂さん今日はこっちでお昼?」
そこにやって来たのかなずなだ。彼はいつも嵐の子分のようにひっついていた幼馴染で、桂にとって気負わずに済む相手だ。だからすぐ本音が出る。
「コミュ力完売したので今日はもう閉店。エッチなお話下さい」
「……そっか、無理じゃ仕方ない。エッチなお話はそこになければないですね」
どちらかといえばコミュ力に自信のないほうであるなずなは桂の事をよく理解していた。というか、嵐や千歳のコミュ力が異常なのだと思う。逆にこういったノリはこの二人ならではのものだ。
なずなは紙袋から焼きそばパンを取り出した。
「僕もちょっとスランプでさ、最近書いてなくて。部室という聖地巡礼をしたらひらめく気がしたんだよ」
「聖地巡礼ってナズ君には手軽ね」
「嵐と千歳さんの行動範囲だからね」
なずなの素の顔に桂も素の顔で返す。相手が本音で話してくれているのがわかるから、桂も本音で喋って、それが疲れずに済む。
なずなだって人には言いづらい趣味を持っているため、それを唯一語れる桂との交流に和むこともある。
「聖地で食べる焼きそばパンおいしい!」
「ナズ君やばいな」
桂は率直な感想を述べた。なずなも友達いっぱいではないにしろそれなりにいるくせに、みずから一人でパンを食べようとしていた。それは桂には信じられないことだ。
「にしても、スランプなんてあるんだ。文章書ける人ってさらさら書いてくのにさ。私なんてあんなに本を読んでいるのに全然書けないのに、ナズ君達は魔法みたいに書いててさ」
「そりゃあね。書ける時書けない時はあるよ。単純に忙しくて書いてない時も頭がそういう風に向かない時もある」
「そういうときにいつも聖地巡礼とかしているの?」
「情報収集に専念するってかんじかな。聖地巡礼は初心を思い出すためでもあるけど」
「……初心ってさ、前から思っていたけど、ナズ君はいつからあらちとに目覚めたの?」
ずっと気になっていた事を桂は尋ねる。夏以降にぽつぽつとなずなが嵐と千歳をくっつけたいと知り、自作あらちと小説まで読ませてくれるようになった。その小説が才能の塊だったためなんの疑問もなく桂は積極的に小説を読みねだるようになった。
桂はその文章力に惹かれたのであって、嵐✕千歳に惹かれたわけではない。むしろ身近な人間二人の官能小説には罪悪感があったが、そんな罪悪感が吹っ飛ぶ文才だ。
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