桂の話

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なずなは嵐を見てかっこいい嵐を書いていた。なずなの観察力と表現力がないわけではない。むしろ正確に書いていると言える。ただしなずなの目にはフィルターがかかっている。そのフィルターが桂には備わっていないというだけだ。 「千歳も小説と現実じゃ全然違うけど、ナズ君はそれでいいんだよ。ナズ君はちゃんと自分の目でも見たものを書いていて、私はそれを創作として受け取る。いくら私でも身内と親友の生々しいシーンなら読みたくないし。ナズ君の描写力だから読みたいんだし」 「そんな! 桂さんはエロ大好きだからエロならなんでもいいと思っていたのに!」 「エロ目的ならもっと手軽なの求めてるよ。誰が手書き文字で書かれた身内のエロ小説を読むのよ。その文章力目当てに決まってるでしょ」 エロエロ言っていた自分が悪いのかもしれないが、エロ目当てよりは文章力目当てとされたいと桂は思う。 そもそもなずなは自己評価が低いのもいけない。一文書くだけでも桂にとってはまばゆいほどの才能に見えるのに、本人はエロしか価値がないと思っている。 「ナズ君は自分の小説にもっと自信を持ってもいいと思うよ。自分の性癖を読ませる力っていう、小説書くのに一番必要な能力持ってるんだから」 「読ませる力?」 「初心者は欲望そのままに文字を並べがちになるもんだよ。私もきっと小説を書くとしたらそんな風になると思う。『ロリ巨乳がおっぱいでたゆんたゆんでむっちむち』みたいな。『俺は実はイケメンで勉強もできて運動もできて当然モテモテで』みたいなのもそうかな」 「……まじか」 「まじです。ふつーはそんなもん。欲望相手に理性はひっこむものだからね。ナズ君みたいな両立は難しいよ」 なずなは桂をとても可哀想なものに思えてきた。しかし桂ぐらいの文章が普通、小説を書けるとしても欲望だらけになりがちで読みにくい。欲望を描きながらも読ませる文章を書くなずなが才能に溢れているだけのことだ。 「まぁ欲望全開も悪くないんだよ。同じ欲望を持つものが反応しやすいから。でも読ませる力ってのはその欲望にピンと来なくても読めるってことで、もしかしたらその人を目覚めさせる事もできるってことで、すごい才能だと思うな」 「つまり僕のあらちと小説を読めばあらちと布教ができるということ?」 「……いや、そこまではちょっと。確かに読ませられるけどね」 先程からのなずなの言葉は聖地巡礼に布教など、宗教のようだ。実際彼にとっては宗教なのだろう。しかし彼の書くあらちとを思い出すと布教は難しいと桂は考える。
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