桂の話

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「ナズ君のあらちとはさ、なんの悩みのなさそうなイケメンと美少女で、誰の心にもひっかかりを与えないと思う」 「えっ」 「嵐が美少女をとっかえひっかえするなら男性に響くと思うよ。千歳がすごいコンプレックスがあってそれを嵐と共に克服していくなら女性に響くと思うよ。ナズ君の小説はどちらでもないからさ」 まず桂にはなずなの小説が男性向けか女性向けかすらわからない。嵐も千歳も均等に描写をされている。それはもちろんすごいことなのだが、ターゲットがわからないと大衆に読んでもらうのは難しい。性描写を控えめにすれば大衆に読まれやすくはなるが、それはなずなも望んでいないだろう。 布教できないのがそんなにショックなのか、なずなは青い顔をしている。 「皆、小説の中の人物に感情移入して、それで物語の世界に逃避するんだと思う。嵐や千歳みたいな完璧な人物に感情移入できる人って少ないだろうし、そもそもそういう人は物語に逃避なんてする必要がないの。今の人生が最高でよそにいっちゃもったいないくらいなんだから」 逃避、と我ながらうまく表現できたものだと桂は思う。本を読んでいる間は痛みや苦しみや不安から逃れられる。それを一番に利用してきたのは桂だ。長い入院生活で彼女はこうなってしまったのだから。 逆に何の苦労もなさそうな人間は逃避なんてしないだろう。 「ナズ君はリアルな妄想だからウケを狙って書いているわけじゃないけど、誰かに刺さるようにしたいなら嵐と千歳の悩みを書けばいいと思う」 「嵐と千歳さんの悩みか……ぜんぜんわからないな」 「ね。私もわかんないよ。盲目気味なナズ君ならなおさらわからないと思う。でも、それがわかればナズ君の小説は多くの人に刺さるようになるよ」 なずなはかっこいい嵐を書こうとする。ならば嵐の欠点を見てもそれが欠点とは気付かないだろう。しかしそれを理解できればなずなの小説はもっと良くなる。桂はその時を楽しみにしていた。 「ヒントあげよっか。嵐ってね、百合が好きみたい。女の子同士ってやつね」 「えっ!」 とにかくなずなを伸ばしたい一心で、桂は嵐の欠点、というか性癖を暴露する。性癖というのは欠点ではないが弱点に繋がる。だから伝えたのだが、なずなはひどく驚いていた。嵐にそんな性癖があった事がショック、という驚き方ではない。なんで桂がそんな秘密を桂が知っているのか、という驚きだ。 「前に嵐が操作した共用パソコンがウイルスにかかった時に直してあげたのよ。振り込まないとずっとこの画面だぞはずかしいだろ金払えーみたいなやつ。それで知ったの」 「あ、あぁ……そうなんだー……」 なずなはほっとしたように息を吐いてから棒読みセリフで答えた。嵐の百合趣味はとっくに知っているかのような反応だ。 しかしなずなのそんな様子に気付かず桂は女性同士の絡みについて語る。
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