嫉妬

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 ある日。お嬢様達が出掛けて、屋敷には誰もいなくなった。  その時、突然に彼が側にやってきた。  お嬢様達がいない間は、隔離されて別々に生活しているはずなのに。一体どこからやってきた? 二人っきりは、初めてだ。  俺は知らん顔で、浮遊する事にした。だが、彼が声を掛けてきた。 「楽しい?」  初めての会話で、その一言はないだろう。そう思ったが、彼には悪気はなさそうだ。  返事が浮かばない俺に、彼は続けた。 「やっぱり、君は嫉妬してるの?」 「ん? 嫉妬?」 「だって、ほら。僕らにいい顔を見せないから」 「何を言うんだい?」 「わかってるよ。お嬢様が僕にばっかり構ってるから、気に入らないんでしょ?」  間違ってはいない。いつもここから、二人の姿を見てきたのだから。でも、素直に答えたくなかった。 「そんな事、一度も思ったことないね」  俺は、強く言い放った。 「ふふっ」  しかし、彼は笑った。   「それは嘘だね。僕にはわかるよ」 「何を根拠にそんな事が言えるのさ?」 「ずっとそんなだからさ。やっぱり君は僕に嫉妬している」 「だから、君は俺の何を知ってるっていうのさ」 「君って、意地っ張りなんだね」  こんな奴に構っていられない。俺は外方を向いた。  しかし、彼は引き下がらなかった。 「水の中って、どんな感じなの? 僕は入った事がないから、何も知らないんだ。だから、ずっと君の事を見ていたんだ。本当に気持ちが良さそうだから。それに、君って綺麗だしね」  急に褒める一言。確か、昔お嬢様にも、同じような事を言われていた記憶がある。 「僕も、水の中に入りたいよ。そしたら、君みたいに、キラキラ輝くのかな?」  こっちからすれば、君の方が羨ましい。お嬢様は、こちらに無関心なのだから。  あれこれとモノを言ってくる彼に、俺は痺れを切らした。 「そんないいものじゃないよ」 「どうして?」 「君の方が羨ましいよ。ずっとお嬢様の側で可愛がられてさ」 「くっくっ。やっぱり嫉妬してるじゃないか」 「うるさいな」 「でもさ、僕は君の方が羨ましいよ。君は自由に見える」 「こんな水槽の中に閉じ込められている俺の、どこが自由って言えるのさ?」 「好きなように水の中を泳いでる。確かに狭い水槽の中かもしれないけど、誰にも邪魔される事はないだろ?」  確かにそうかもしれない。誰も俺の道を塞がない。喰われるかもしれないと、恐れることもない。  彼は続けた。 「じゃあ聞くけど、君は演じた事がある?」 「演じる?」 「そうだよ。お嬢様のために、可愛い自分を演じるって事さ」 「そんなの、あるわけないじゃないか・・・もしかして、君はそんな事をしてるのか?」 「当たり前だろ。そうでもしないと構ってくれないし、美味しいご馳走を与えてくれないからさ」 「演じるだけで、そんなことになるのかな?」 「人間って、そんな生き物なんだよ。自分を愛してくれる者を嫌うことはない」  そうなんだ。俺は、素直にそう思った。 「もし、僕みたいになりたいなら、君も演じるといいよ。そしたら、今とは違う世界を見る事ができるかもしれない」 『愛されたい。お嬢様にもう一度』俺の気持ちに、そんな想いが宿った。  
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