16人が本棚に入れています
本棚に追加
ある日。お嬢様達が出掛けて、屋敷には誰もいなくなった。
その時、突然に彼が側にやってきた。
お嬢様達がいない間は、隔離されて別々に生活しているはずなのに。一体どこからやってきた? 二人っきりは、初めてだ。
俺は知らん顔で、浮遊する事にした。だが、彼が声を掛けてきた。
「楽しい?」
初めての会話で、その一言はないだろう。そう思ったが、彼には悪気はなさそうだ。
返事が浮かばない俺に、彼は続けた。
「やっぱり、君は嫉妬してるの?」
「ん? 嫉妬?」
「だって、ほら。僕らにいい顔を見せないから」
「何を言うんだい?」
「わかってるよ。お嬢様が僕にばっかり構ってるから、気に入らないんでしょ?」
間違ってはいない。いつもここから、二人の姿を見てきたのだから。でも、素直に答えたくなかった。
「そんな事、一度も思ったことないね」
俺は、強く言い放った。
「ふふっ」
しかし、彼は笑った。
「それは嘘だね。僕にはわかるよ」
「何を根拠にそんな事が言えるのさ?」
「ずっとそんなだからさ。やっぱり君は僕に嫉妬している」
「だから、君は俺の何を知ってるっていうのさ」
「君って、意地っ張りなんだね」
こんな奴に構っていられない。俺は外方を向いた。
しかし、彼は引き下がらなかった。
「水の中って、どんな感じなの? 僕は入った事がないから、何も知らないんだ。だから、ずっと君の事を見ていたんだ。本当に気持ちが良さそうだから。それに、君って綺麗だしね」
急に褒める一言。確か、昔お嬢様にも、同じような事を言われていた記憶がある。
「僕も、水の中に入りたいよ。そしたら、君みたいに、キラキラ輝くのかな?」
こっちからすれば、君の方が羨ましい。お嬢様は、こちらに無関心なのだから。
あれこれとモノを言ってくる彼に、俺は痺れを切らした。
「そんないいものじゃないよ」
「どうして?」
「君の方が羨ましいよ。ずっとお嬢様の側で可愛がられてさ」
「くっくっ。やっぱり嫉妬してるじゃないか」
「うるさいな」
「でもさ、僕は君の方が羨ましいよ。君は自由に見える」
「こんな水槽の中に閉じ込められている俺の、どこが自由って言えるのさ?」
「好きなように水の中を泳いでる。確かに狭い水槽の中かもしれないけど、誰にも邪魔される事はないだろ?」
確かにそうかもしれない。誰も俺の道を塞がない。喰われるかもしれないと、恐れることもない。
彼は続けた。
「じゃあ聞くけど、君は演じた事がある?」
「演じる?」
「そうだよ。お嬢様のために、可愛い自分を演じるって事さ」
「そんなの、あるわけないじゃないか・・・もしかして、君はそんな事をしてるのか?」
「当たり前だろ。そうでもしないと構ってくれないし、美味しいご馳走を与えてくれないからさ」
「演じるだけで、そんなことになるのかな?」
「人間って、そんな生き物なんだよ。自分を愛してくれる者を嫌うことはない」
そうなんだ。俺は、素直にそう思った。
「もし、僕みたいになりたいなら、君も演じるといいよ。そしたら、今とは違う世界を見る事ができるかもしれない」
『愛されたい。お嬢様にもう一度』俺の気持ちに、そんな想いが宿った。
最初のコメントを投稿しよう!