―愛しい―

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―愛しい―

 タクシーの中でコソコソと言い争った結果、桂樹の学生アパートでは壁が薄いということで氷室の部屋に乗り込んで来たのだが、部屋に着いた辺りからずっと氷室の機嫌が宜しくない。 「ねぇ、氷室さん。どうしたの? 何で黙ってるの」  氷室の部屋はやはり何もかもがシンプルで、白と薄いグリーンで統一された色彩は、とても爽やかだ。  ペールグリーンの二人掛けソファの上、氷室は桂樹から大きく空間を空け、今にも落ちそうなほど端に座って、こちらに背中を見せている。 「こっちに来て。やっと触れられるんだから、氷室さんを実感させて」  桂樹は仕方なしにジリジリとにじり寄り、その背中から、ぎゅうっと音がしそうなほど抱き締めた。 「苦っしいっ」 「ねぇ、いつ、俺の事好きになってくれてたの」 「知らない」  後ろから氷室の腹の前で桂樹は指を組み、そのままロックしてしまうと、「いつ」と、もう一回その真っ赤な頬にキスしながら聞いた。 「だから、知らない」  必死で桂樹の腕を解こうと踠く氷室は、桂樹の指先の解体に挑んでいる。 「でも何度か抱き締めた時は逃げなかったよね」 「……」 「キスした時も」 「っ」  腕の中で踠く氷室の項に言葉と同じように唇を寄せ、答えが返ってこないのには構わず、その温もりを感じていると、深夜だと言うのにも構わず桂樹のスマホが鳴った。  初めて恋人同士になっての逢瀬の最中に、マナー違反も甚だしかったがコールの相手を見て出ないわけにはいかなかった。
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