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しかし、楽しかったのはその時期まで。叔父さんには、随分と長い間会えていない。一体、いつになったら会えるのだろう? 早く叔父さんに会いたい。叔父さんのパンが食べたい。
おじさんがいかなくなったのは、もう何年も昔の事。その日、叔父さんのパン屋の前には、いつもの賑わいはなかった。窓から中を覗くと、がらんと暗く、ものけのから。じっと中を覗いていても人影がない。鳴いても、無反応。一体、どうしちゃったんだろう?
そんな事を思いながら辺りをウロウロとしていると、店の裏口で叔父さんの匂いがした。
『あの時、抱えてくれた時の匂い。間違えるはずがない』
僕は、叔父さんの匂いを辿った。おじさんが何処にいるのか、知りたかった。こうしてたどり着いたのが、この港。おじさんの匂いは、ここで途切れていた。
『何処かに匂いの続きがあるかもしれない』僕は、港を彷徨いた。しかし、匂いは何処にも繋がっていない。結局、叔父さんに会う事ができなかった。
「いつ帰ってくるんだろうな?」「一体、どうなっちまうんだ?」街では、人々のそんな声が耳に入るようになった。話を聞いていると、どうやら叔父さんは『せんそう』というものに出かけているかもしれない。僕は、『せんそう』というその言葉に、思わずハッとした。叔父さんが、話してくれた事を思い出したのだ。ある夜。叔父さんはパンに夢中になっている僕を見ながら言ったんだ。
「ベンガル。食べながらでいい。俺の話を聞いてくれ。こんな美味いパンを作れてもな、それを辞めなくてはいけないかもしれない。もしかしたら俺は、もうシアトルに戻ってこれないかもしれない。それが、本当に嫌なんだ」
ポツリと水滴が僕の体に落ちた。顔を上げると、叔父さんは涙を流していた。
「『せんそう』に行くとな、人を殺さなくてはいけない。もしかしたら、俺は殺されるかもしれない。何も嫌な事をされてもいない相手にさ。そんな事、俺はしたくないんだ」
「俺は、ここにいたい。ここでみんなに。お前に。俺のパンを食べてもらいたいってのに」
その夜。叔父さんはずっと泣いていた。
叔父さんの涙を見たのは、その時だけ。忘れられなかった。叔父さんは今、嫌な想いをしているかもしれない。『助けたい。今度は僕が叔父さんの力になりたい。ねえ叔父さん、どこにいるの?』
大きな汽笛を鳴らしながら船がやって来だしたのは、それから数ヶ月経ってから。船内には、いつも沢山の男達がいた。
『もしかしたら、この中に叔父さんもいるかもしれない』
僕は心を震わせて、叔父さんを探した。でも、今日も叔父さんはいなかった。
きっと明日だ。明日は必ず、叔父さんに会える。何ができるかわからないけど、今度は、僕が叔父さんを支えるんだから。僕は、信じている。
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