君の左心房に恋をした

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 幸いにも、あの人は無事だった。生まれつき、心臓が弱かったらしく、こんな事態を巻き起こしたようだ。  それからあの人の音は弱くなった。苦しそうに見えた。  僕は、あの人をじっと見守ることしかできなかった。また元気な音を聞かせてほしいと願いを込めて、離れてじっと。 「何かあってはあかん。頼んだで」  力強い言葉で母様達には、あの人に近付くことを禁じられた。  もちろん、協力した。あの人が元気になるなら、欲望を堪えるつもりだった。しかし、あの人は違った。僕を変わらず求めてくれた。 「おいで」  誰もいない隙を見計らって、あの人は僕を呼んだ。迷いはしたけど、根負けした。こっそりとあの人の腕に抱かれるようになった。  母様達からすれば、悪い事かもしれない。だけど、僕はそうじゃないと言える事がある。だって、あの人の音は以前のように、心地良い波動を打ち出したんだから。 『もしかしたら、僕が近くにいる方が元気になるかもしれない』  それが嬉しくなって、それからはあの人の側から離れなくなった。  だけど、そんな想いは散ってしまった。あの人は天国に旅立ってしまった。病気に勝てなかった。父様と母様と一緒に涙を流した日の事は忘れられない。悔しくて悔しくて仕方がない別れ。生きがいを失った。   毎日が寂しく、心に空い穴が大きく広がっていった。しかし、そんな時間の中で、ある事に気が付いた。 『音が聞こえる。小さな音だけど、はっきりと僕の耳にあの音が聞こえてくる』 「側にいるの?」  問いかけだけど返事はない。  目を瞑り、音の行方に耳を澄ました。その瞬間、ハッとした。  それは、僕の鼓動だった。ドクドクと虚しく音を立てる僕の心臓。だけど、何か違う。  もしかしたら、あの人と僕の重なる音。僕はその音に好意を持っていたかもしれない。  また鼓動に耳を澄ます。物足りない音を聞くと、寂しさが増していった。
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