室町時代

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 それからずっと、ぶちは姿を消したままだった。でも、ぶちはオラの側から離れた気になれなかった。鈴の音色が時折耳に入ってくる気がしたのだ。だけど何処を見渡してもぶちの姿は見えない。  家族や友達からも不思議な目で見られた。 『おかしなツネちゃん』それがオラのあだ名だった。  しかし、ある夜。  獣のような大きな怒鳴り声が、突然に外から聞こえた。  甲高い怒声。驚いて目を覚まして、体を起こした。外が騒がしかった。  戸に、赤い影が写っている。慌てて、お母とお父を揺り起こした。  家を出ると、向かいの家から炎が舞い上がっている。 「火事だぁ。火事だぁ」  村人の声が辺りでこだましている。 「斯波氏だ。きっと斯波氏が攻めてきたんだ」  男の喚き声が、耳に届いた。その声に、体が固まった。  そんなオラを、お母は大声で呼んだ。 「ツネ、逃げろ。襲われるぞ」  お父とお母が慌てて、走り出した。恐怖が体を包む。  ツネも二人に続こうとした。しかし、体が’思うように動かなかった。  その時だった。  ちりんー。  物影から鈴の音色が聞こえた。火の明かりに映る一匹の影。 「ぶち? お前、ぶちか?」  懐かしい姿が、駆け寄ってきた。  少し大きくなったぶちの姿に、目を奪われてしまった。  「お前、どうしてここに?」  しかし、ぶちは何も答えずに、オラの脛巾を噛んで、必死に引っ張りだした。  それでも、じっとぶちに見惚れてしまったままのオラ。すると、ぶちは脛巾を離して、急いで走り出した。  その姿に、正気に戻った。オラも追うようにぶちに続いた。  猛スピードで走るぶち。姿が小さくなっていく。だけど、鈴の音が行先を誘導してくれた。  村外れの松の木の元から、男達が村の火を消す姿を見つめていた。運良く、村人達は誰も被害を受けていないようだ。安心して、胸を撫で下ろした。  足下では、ぶちは何もなかったかのように、自分の毛並を舐めていた。 「あの声は、ぶちの声だったのか?」  オラの問いかけに、何も答えず、ぶちは毛並を舐め続ける。  溢れる感情を抑えられず、ぶちを抱えて頬擦りをした。  ぶちは、オラを見てくれていたんだ。そう思うと、喜びを抑えられなかった。  思えば、ぶちとの出会いは偶然のもの。この松の木の下で、獣に足を痛め付けられていたぶちを拾ったのが最初だった。  それから手当をしてやり、こっそりと飯を食べさせた。それから毎日、ぶちとこの木の下で遊び続けた。友達の証として、お母から貰った鈴を、ぶちの首元に結んでやった。  ぶちは、オラを見捨ててなかったんだ。  きっと、オラが聞こえていた鈴の音色も、偶然ではなかったんだ。ぶちは、オラの側にいてくれたんだ。 「今度こそ、ぶちを離さないぞ。何がなんでも、オラがお母を説得してやる」  ぶちは、みんなを助けた守り猫なんだから。  
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