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永遠のキャメロット
「別れてくれないか」
最初は、何を言われたかさっぱりわからなかった。目の前の夫――春明の目はどこまでも真剣で、冗談の要素などひと欠片も汲み取ることができなかったから。
私と彼が結婚して、もう十年になる。
大学生の頃に吹奏楽のサークルで知り合い、合コンがきっかけで正式に付き合うようになり。卒業して、互いの仕事がどうにか軌道に乗ったところで籍を入れて結婚式を挙げた。二十五歳の夏のことである。ただ、それから子供が生まれるまでが少々長かった。子供を作って育てるだけの経済的な余裕がなかなか生まれなかったというのもあるし、私もなかなか子供を作る勇気が出なかったというのもある。怖いのもそうだし、何より私は自他ともに認めるほどの嫉妬深い人間だったからだ。
要するに。母親になるはずの人間として、不適格だと思ったのである――子供ができたら、夫の愛情を子供に取られてしまうような気がして。春明のことが好きで好きでたまらないのはいつだって自分の方だとわかっていたからだ。
というのも、私は今まで春明以外と長続きしてきたことがなかった人間である。嫉妬深すぎて、多くの男に愛想をつかされたがために。昔から愛情が重いのは自分でもわかっていたし、相手を好きになればなるほどネガティブ思考になる悪癖も理解していた。毎日の電話やメールに、何かしらレスポンスがないとすぐ不安になる。自分なんか嫌いになったのでは、他の女の子が好きになったのでは、そんな発想に陥りがちになるのだ。
自分の容姿に僅かでも自信があれば良かったのかもしれないが、私は自分の外見が中の下以下であるという自覚もあったし、そのくせ面食いがすぎて自分の首を絞めていたというのもあるのである。まあようするに、こんなかっこいい男が自分なんかを本気で好きになってくれるわけがない、なんてところにあっという間に着地してしまうのだ。
何度“好き”だと囁いても信じてくれないような女を、いつまでもキープしていてくれる男はそうそういないことだろう。
始まりかけた恋も始まった恋も、そうやってあっという間に終わって来たのである。そう、春明ただ一人を除いては。
『そうやって、自分で自分を追い込むのは苦しいだろ。ちょっとずつ変えていこうよ。何でも乗り越えていきたいんだ……二人で一緒に。君が、好きだから』
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